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少女が去ってからずっと俺は、この屋上に居た。
始業式の日は基本午前で終わり、あとは下校となる。昼休みのあと掃除をして下校。そんな流れだ。
で、まぁ掃除などする気もないので屋上で寝転がって真上を見ていると、春のぬるい風が雲をそっと流していた。太陽は時たまその流される雲に、隠れまた現れを繰り返し輝きを保っていた。
そんな午後のひととき。
ふとそんな景色から全てを外すと、下の方から女子生徒の声が聞こえてくる。いつもワイワイと楽しそうな声を響かせている女子生徒が、今回はちょっと違う雰囲気を漂わせていた。
あきらかに、楽しそうに雰囲気ではない。
――――ようは、「死ぬな」と言っていたのだ。
嫌な汗が、俺の額を流れる。
「……あの馬鹿っ」
俺はさっと頭を切り替え、床を蹴り、階段を駆け下りていく。スピードを上げるにつれ、横を流れる景色は、どんどん早くなっていく。早くなってやがて一本の筋が完成する。しかし、その筋とは裏腹にその時俺は、特にこれといってなにも考えてはいなかった。
「黒条!」
教室のドアを勢いよく開ける。そして俺は、視線を教室の奥へとやった。そして目に入った光景に唖然とする。
彼女はまた身を乗り出していたのだ。いや、正確には窓枠の上に乗っていたのだ。その空気のような体を――。
「またあなた……」
彼女の冷たい視線は、外の世界。
「お前、おもしろいかもしれない世の中を、見たかったんじゃなかったのかよ!」
「……もういいわ、どいつもこいつも馬鹿ばかりだし、いくら時代が進んでも、何一つ変わらないんだもの」
きっと今、彼女は悲しい顔をしているに違いない。
「なら、お前は変わっているのか? 変わろうとしているのか? お前が変わらないなら世の中も変わらない。お前が変わったら、世の中が変わったように見えるはずだ! お前が変わろうとしていないのに、世の中が変わらないなんて戯言吐いて、ただの身勝手な野郎じゃねぇか!」
とっさに奇麗事を言ったことなんて、分かっていた。自分だって何一つ変わらない世の中にあきれていて、自分が変わらないといけないことだって分かっていて、それでも変われていない自分がいることだった分かっていた。けど、綺麗事言わないと、どうにもならないだろ、この状況。
すると、そっと上を向いた彼女は、途切れそうな声でささやいた。
「いいの……、もう決めたから」
俺は、もうなにも言えなかった。
言えなかったからこそ、刹那自分を責めた。
――――彼女が、身を外へ投げたから。
春のぬるい空気を疾風の如く切り裂き、1階まで転落していく。その姿を想像した。
俺は、また走っていた。その、1階まで。その、彼女が落ちる所まで。