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確か、1年生の――そう、3年生が卒業した3月の中旬ごろにお気に入りの屋上に出向いたら、たまたま森中が居たんだ。3月の生ぬるい風を気持ち良さそうに浴びていた。そして、その先に臨める灰色でなんの温かみもないビル群をまじまじと見つめていた。
「……ここ、好きなんですか?」
そうやって俺が聞くと、ここは居心地が悪い。とか想定外の答えが返ってきて度肝抜かれたからよく覚えている。
「なら、なんでいるんですか?」
しばらく考えて「さぁね」とか言われた。で、「ならなんであなたはここに?」って聞かれたから、
「俺はここ、好きなんです。ここから見える景色、落ち着くんですよ」
「そう、私とは正反対の意見を持っているのね。でも、落ち着く?」
首を傾げて聞いてきた。
「はい。一日中変化していくこの景色、見ているとおもしろいですよ」
すると、あっけない返事をして、立ち去って行った。握っていたフェンスにちょっとした温もりを残して。
それから、何度か会った。何度といっても片手で数えられる程度だけど。
――たしか、そんな出会いだった、森中とは。
昼休み、お気に入りの屋上で思い出していたことを感じたくて向かう。途中から螺旋階段が続いて、切られた鎖と錆びた南京錠がだらしなく地面に這っている。そして錆びくさいドアを開けると屋上に辿り着く。
――辿り着く。
「お、おい、なんじゃありゃ……」
俺が屋上に上がって、真っ先に見たもの。
一人の少女が、フェンスの向こうにいる。そして、俺に背中を向けている。つまり、自殺を図ろうとしていた。
「ちょ、ちょっと待て、待て待て、なにしてる?」
俺は少し少女に近づく。
「なにって、自殺しようとしているのよ」
いや、そんなもん見たらわかる。そんな猿じゃねぇ。いやいや、そんな突っ込んでいる場合じゃねぇ。
「なんで?」
「つまらないのよ、世の中が」
こっちを向かず、ビル群を見たまま、冷たい声が、胸に刺さる。
「だから自殺を?」
「そうよ」
すごく淡々と話されていて、なんだかあっけない。
「も、もうちょっと生きてみたらどうだ? 意外と楽しい世の中かも」
「……それもそうね」
いや、あっけない。あっけなさ過ぎるぞ。ここはもうちょっと白熱したやりとりのあと、俺が無理やり自殺を止める、的なのが理想だろ。
とか、そんな俺の理想を並べる必要もなく、少女は既に俺の目の前に立っていた。
「あなた、名前は?」
ふと、突然吹いた春風が茶色い俺の髪の毛をそっと撫でた。そして、改めて顔を見る。
初めて見る顔だった。真っ白な色をしていて、まるでイブに見るシリウスのような、そんな輝きがあるが、なにかおとなしい顔つき。全身が棒のように細く、握ったらすぐにでも折れてしまいそうだった。そんな体を真っ黒のワンピースが包んでいて、骨盤あたりまで延びた黒髪が、春風になびいて、美しかった。真っ白の肌と、それを包む真っ黒の全て。真っ白な裸足は汚れていない。
「中村、中村 隆。あんたは?」
「黒条 林檎」
俺は、右手を差し伸べたが、少女は俺の横をすっと通って屋上をあとにしてしまった。