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学校に到着したのは、遅刻する寸前だった。それから入学式を終えて、妹と別れを告げ、中学時代からの友人である芥川総馬と教室に向かった。
「妹さん、この学校に入学したんだよな?」
「あ、よく知ってるな」
「まぁな。……ところで名前なんていったっけ?」
「沙希だよ、沙希」
納得したように頷いていた。
教室へ向かう途中、俺らはあきれていた。なにも変わらない景色。廊下では女子が大声で騒ぎ、カップルが愛をはぐくみ、廊下に座って雑談している。本当になにも変わっていない。2年生になってもなんら成長なんてしていない。
「それに関しては、僕たちだって変わらないさ」
芥川がシニカルに笑っていた。
「かもな」
肩をすくめて、笑っておいた。
教室に入る、2年5組。
結局はここも騒がしかった。どちらかというと、俺らの通うこの『公立帆志商業高校』は、女子生徒の在学率が高く、教室の半分以上を女子が占めている。それにより、女子生徒目当てで入学してくる男子も居るが、特に俺はそういった目的で入学したわけではない。将来の夢があって入学したのだ。
ただ、俺の横で笑ってる哲学野郎、いやすまん、芥川はそれが目的らしい。だけど、女子に対して哲学やら理論やらそういう難しい話してたら、いつまで経っても彼女なんてできないぜ? と言ってみるも、彼女なんていらない! 婚約相手を! 俺に嫁を! とかわけのわからないことを言ってくる。どういう思考回路してんだよ。
ところでだ、この丸眼鏡かけた哲学野郎と俺、あともう一人男子がこの教室にいる。結局は授業が始まってもこの3人。つまり、この2年5組の男子全員で3人というわけで、肩身狭い存在になっちまったよ、男子は……。
「隆、担任来たぞ」
隆。死んだ親が俺につけた名前。いや、唯一つけられた名前。妹の沙希はついこないだ亡くなったらしい親戚が名づけた。結局は俺だけなんだ、本当の親から名づけられたのは。でも、沙希もそう思っている。嘘をついた。悲しませないように。
でも、今ではそれがつらい。もし、今知ったらあいつはどんな顔をするだろう。後先考えずに嘘をついた。そんな嘘は醜くなるだけなのに、子どもだった俺はなにも妹のこと考えてやれなかった。
沙希が産まれて、名前をつける前に親は亡くなった。
かわいそうとか、そういう言葉は使いたくないけど、まさしくそうだった。
そんな昔の思い出に浸っているところに担任はきた。俺は即座に自分の机に腰をかける。
「おはようございます」
澄んだ声だけれどもどこか重みのある、重圧感を覚える声。スマートだけども魅力のあるボディーライン。あの隣の美人奥さんとは違う、エロさのある体形。服の上からでも確認できるくびれ。きっと本当に細いのだと思う。黒いショートヘアーに黒ぶち眼鏡。赤い口紅をつけた唇。そしてオーラ。ドス黒いオーラ。
隣に座っていた芥川が口をあける。
「おいおい、あれってもしかして森中じゃないのか?」
聞き覚えがあった。たしか、暴れた生徒を力で収めたとかなんとか。とにかく反抗したら殺される。そんな噂が出回っていた。
「やべぇ、僕たちも殺される」
半笑いの芥川。ちょっとキモい。
「森中です。一年間よろしく」
えらく簡単な挨拶だな。と、ツッコミをかましている場合ではない。待て待て、地獄じゃないか、森中が担任なんて。
教室をざわめきが支配する。
「やっぱり森中じゃないか、初めて見た」
芥川は珍しいものを見るような目で、森中を見ていた。ただ、俺はなにか見覚えがあった。たしか、1年生が終わる頃に、屋上で。