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春風。
桜は空を埋める。
太陽は笑っていて。
月は泣いて、お前は黒。
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「お兄ちゃん、起きて」
……、何かが俺の上で大いに暴れてくれている。誰だ、俺をトランポリンか何かと誤解してぴょんぴょこと跳ねているのは。俺は誰もが夢見る一人暮らしの真っ最中だぞ。この家には俺しか住んでいない。俺の睡眠を邪魔するものなど誰もいないはずなのに……。
ああ、だんだん怖くなってきた。
俺は不快な目覚めと共に、俺の上で暴れている動物? のなにかを握った。
「ひゃう!」
…………なんだ、今の可愛らしい泣き声は。
「もー、早く起きないと、学校遅刻するよー」
俺は「学校」と「遅刻」というワードに反応して重い瞼を、こじ開ける。すると周りの光を徐々に吸収する。
「っ!! な、なんでお前ここにいんだよ」
たまげた。俺の上で暴れていたのは、まさしく俺の妹だった。
そう、妹だったんだ。
「え、昨日から居るじゃん!」
「しらねぇよ」
ほっぺを膨らましながら、俺の上で怒ってやがる。
「知らないって。昨日の夜に来たじゃん。お兄ちゃん、私のこと家に入れてくれたじゃん」
「そうだったかな……。まぁいいや。さておきだ。なんで来たんだよ」
とにかく妹を俺の上からどける。
「それも覚えてないの! ……お婆ちゃんとお爺ちゃん、死んだの」
一瞬、頭が真っ白になった。そもそも、俺が小さい頃に両親は死んでいて、俺も妹も親戚の人に育ててもらっていた。それで俺が高校に入学することになって、親戚の家を離れて一人暮らしをすることになった。それから、一年が経った。丁度一年前は無邪気な笑顔を見せてくれたあの人達が、亡くなった。
「……、で俺のところに?」
「うん、あっちで一人暮らしなんてできないし、私も、お兄ちゃんと同じ高校に合格したから」
「そうか、合格したのか。よかったな、ずっと夢だっんだろ?」
「うん」
早朝からこれほどまでに疲れたことはなかった。なんでこうなる……。
「ところでだ。今何時だ?」
ふと、感覚的にこの言葉が出たことを、軽く感謝した。
「……あ。遅刻する!」
俺と妹は、家を出た。家は五階建てのマンションの片隅に位置している。いつもマンションの玄関に溜まった落ち葉やらゴミやらを、俺の家の隣で生活している美人奥さんがほうきで綺麗にしているのが日常なのだが、今日はなぜか居なかった。ピンクがかったロングヘアーで、ほっそりとしたボディーラインが美しいその奥さんと毎朝挨拶するのも日常だが、今日はできない。ちょっと調子が狂う。