第10話 行き着くところは頭皮の心配だった
「と、言う訳でスッピンでお願いします。あと、出来ればお風呂も極力控えて貰って頭も洗うのはナシで……」
「なんでよ!」
「ですよねぇ~だって、オジー」
「いえ、そう言われましても……旦那様……」
「だからって私に言われてもなぁ~ウラ「イヤですから!」ラ嬢……そこをなんとか……」
「絶対にイヤです! スッピンだけでなくお風呂も洗髪もダメなんて、若い女性に言うことですか!」
「まぁ、そうだよね。ふぅ~ヒロ殿、どうすればいいと思う?」
「えぇ! 俺に返されても……」
オジーがこのまま先輩が外に出るのは危険だと言うので、ムリなお願いだと思いながらもなんとか口にしてみるが、想像通りに断られる。
だが、このままじゃオジーが危惧するように先輩の身が危険だ。
先輩をなんとかしようと邪な気持ちを持つ男達がどんな手を使ってくるか分からないと言うのもあるし、なんなら腕に自信がある冒険者も出てくるかも知れないし、ワガママな貴族もいるかも知れない。
だけど、オジーはそれ以上に女性からのやっかみも注意すべきだと言う。
「マジ?」
「はい。既にこの御屋敷でも奥様を始めとして、全てのメイドがウララ様を羨望の眼差しで見ていますので……冗談ではありません」
「ああ、そうだな。我妻から洗髪剤の開発や他の化粧品についても開発をせっつかれているからな。だがなぁ~ふぅ~」
「ん?」
伯爵が奥様からコスメ商品の開発を急かされているのは分かるが、溜め息の理由はそれだけじゃないっぽいので聞いちゃダメだと俺の中で警鐘が鳴り響くが、さっきから伯爵が俺の顔をチラチラと「分かるよな!」って感じで見ているので無視することも出来ず、ふぅと一呼吸してから「どうされました?」と若干棒読みになりながらも聞いてみると「おお、聞いてくれるか! 実はな……」と伯爵は悩みが共有出来るのが嬉しいのか俺の手を取り、話し出す。
それはムリって挙げた手を下ろしたいくらいだが、伯爵は俺の手を下ろさせないとばかりに力を込めてくる。
「聞いたからにはなんとかしてくれ! 頼む!」
「いや、そう言われましても……」
「だが、王都にティリアが行かないとなれば、どんな噂を立てられるか分からない……結果、客のせいで領地取り上げにでもなれば私はご先祖様になんて申し訳をすればいいのか。なあ、分かるだろ。分かってくれよぉ~」
「いや、でも……」
「え? 私のせい?」
伯爵が言うには、本来ならば客を保護した後見人として俺達と一緒に王都へと旅立つ予定だったらしいのだが、先日のお風呂での騒動以来自分の容姿が先輩より劣っているとなり、外へ出るのもイヤになったらしい。
そんな中で王様の前に先輩と一緒に出るのはもっと耐えられないとなったらしい。
確かに俺のインベントリには先輩が使っているコスメ類はそれこそヤマとある。
でも、ここでそれを放出すれば「どうして黙っていた!」と無礼打ちされてしまいそうな気がするし、そもそも先輩の物なんだからと先輩をチラリと見れば先輩は顔の前で必死に手を振り私に振られてもと言いたげだ。
だから、俺は伯爵の手を振り解き、先輩の耳元で「ちょっとだけダメですか?」と問えば「ヒロになら……」と頬を赤く染めながら答えるので「いや、俺じゃないですけど?」と返せば「あ、そ、そうよね」と今度は焦った様子を見せる。
なので改めて先輩に対し「奥様にだけと念押しして使って貰うのはどうでしょう」と提案してみれば「それくらいなら」と先輩も頷く。
なので、そのことを伯爵に伝えるが一瞬喜んだ顔がまた直ぐに沈み込む。
「ダメですか?」
「いや、ダメではない。凄く喜ばしいことだ。それにティリアも頷くだろう。だが……」
「「「だが?」」」
伯爵の言葉に俺だけでなく先輩もオジーも聞き返してしまう。
伯爵が言うには、奥様だけでなくアレを体験してしまったメイド達も同じ症状らしく、この御屋敷内であれば我慢出来るが、人前で先輩と並ぶのは御免被りたいと言うのだ。
そうなると先輩だけでなく奥様もそうなってしまえば、世話するメイドがいなくなってしまうと伯爵は話す。
「いや、さすがにそこまではムリですよ」
「だよなぁ~だが、そうなると……ハァ~」
一つの問題が片付いたと思ったら、次の問題が頭を出してきた。
多分、これはモグラ叩きみたいになるだろうなと思っていたら、オジーが「奥様のご様子に社交界の方々が黙っているとは思えません」と爆弾を投げ込んできた。
「それは困る!」
「それに陛下の前に出るのですから、当然女王陛下もヒロ様よりはウララ様と奥様に注視なさるでしょう」
「マジ?」
「ええ、十中八九そうなりますね。その際に王家に黙ってそんなものをってことになれば……」
「ヒロ殿!」
「いや、だからって……」
「え? 私に振らないでよ!」
オジーの発言から伯爵も想像出来た様で、要は先輩一人なら『客ですから』で済ませられるが、奥様やメイド達もとなれば『王家に秘密で何をしているのだ!』と咎められることも有り得るということらしい。
だからって俺に振らないでよ。
「あ!」と咄嗟に思い付き声に出てしまったので伯爵が期待満面の顔で俺に「何かいい手があるのか!」と聞いてくる。
「要は数が足りないし、国王に献上する物が必要ということなんですよね」
「ああ、そうだ。何か手があるのか?」
「で、あればいっそのこと量産の目処が立つまで王都に行かないってのも一つの手かと……」
「「「……」」」
俺の話に皆の目が「コイツ、マジで何言ってんの?」って顔になる。
「そもそもだ。それが出来ないから、困っているんだぞ。ヒロ殿はそれが分かっているのか?」
「いや、それが出発点でしょうけど、実際にそこに戻って来ているじゃないですか。なら、それを解決しない限りはムリって話でしょ」
「うむ、確かに……だが……」
「とりあえず、量産するのに何が引っ掛かっているのかを一つずつ解決するしか前に進めないようなのでせ……ウララは引き続きお願いします。ボトルネックを解消して下さい」
「うぅ~私が先輩なのに……分かりましたよ!」
「そして、伯爵様はオジーに手紙を渡して下さい」
「手紙?」
「ええ、再延期のことと、その理由についてですね」
「……それって量産は失敗出来なくならないか?」
「そうですね。どっちみちしないことには何も解決しないので」
「だよなぁ~私の髪の方が心配になってくるよ……」
そこまでは俺の責任の範疇ではないのだが、後で頭皮マッサージ用のブラシでも考案してみるかとメモしておく。




