第9話 先輩も同じだと思っていたのにスッゴく上にいました
「はぁ~」
「どうしました?」
「どうしました? よく、そんなことが言えるわね!」
「え?」
「だから! えじゃないでしょ! えじゃ!」
「えぇ~」
「半分……いいえ、大半はヒロのせいでしょ!」
「ん? どうしてですか?」
「どうしてって……ん? どうしてだろ? とにかく、ヒロのせいなのは確かなんだから!」
テーブルに突っ伏して溜め息を吐いている先輩を気遣ったつもりが藪蛇だったようで身体を起こした先輩が俺に向かって右手人差し指をビシッと向けて俺のせいだと宣言するが、先輩本人も何が俺のせいなのかは不明の様だ。
先輩が異世界に来てから、二週間ほどが経過したのだが先輩は先日の騒動からいつの間にかコスメブランドの総責任者という立場を任されることになり、こんな風に疲労困憊の状況に陥ったのは俺のせいだと言いたいらしい。
そして、王都に行ったオジーとの約束の時間まであと少しといった所でセツが『ピ!』と俺に呼び掛けると触手で大きな丸を作る。
「そっか、分かった。じゃ行こうか」
「え? ヒロはどこに行くの?」
「ちょっとオジーを迎えにね」
「あれ? 迎えにってことは直ぐに戻って来るの?」
「あ、はい。今日は王都の状況を聞くだけで、王都に行くのはその報告を聞いてから決めると思いますよ」
「そうなのね。じゃあ、私もこの忙しさから抜けられるのね!」
「……」
「なんで黙るの?」
「いや、だって……ほら」
「え? あ、奥様……」
「失礼するわよ」
「じゃ、俺は行って来るね。さ、セツ」
『ピィ!』
「あ、ヒロ……」
「さて、では本日の進捗会議を行いましょう」
「……はい」
いつの間にか部屋にいた奥様に軽く会釈をしてから、俺はその場で王都の近くの雑木林へと転移する。
「ヒロ様、お久しぶりでございます」
「うん、久しぶり。ちょっと待たせたかな?」
「いえ、そんなことはありません。では、早速ですが御屋敷の方へお願いしてもいいですか?」
「うん、そうだね。あ、ちょっと待ってね。今、俺の部屋は都合が悪いから……あそこかな。じゃ、行くよ。捕まってね」
「はい!」
「はい、着きました」と転移してきたのは、俺の部屋ではなく御屋敷のお庭の片隅だ。
「ありがとうございます。それにしても、この子を渡された時は半信半疑でしたが上手く伝わった様ですね」
「そうでしょ。分体と言ってもセツだからね」
『ピィ!』
俺は王都に行くオジーにセツの分体を渡した。
セツ本体と分体の間では言葉の伝達は出来ないが、これはセツ自体も言葉を発せないのでムリな話だ。
でも、セツ自身は分体と意思疎通は可能なのでさっきみたいにオジーからOKが出たとジェスチャーで教えてくれたのだ。
「では、名残惜しいですが……」
「いいよ」
「え?」
「その分体はもうオジーと仲良くなっているみたいだし、それに分体の子も離れる気はないみたいだよ。ね?」
『ぷぅ!』
『ピピィ!』
『ぷぷぷ!』
「ははは、そうか……じゃあ、名前も付けないとな」
「ふふふ、そんなこといいながら、もう名前は付けているんでしょ。ね」
「ははは、お見通しでしたか。ええ、二週間も一緒にいれば否が応でも情は移るし、それに……」
「それに?」
「可愛いじゃないですか。なあ、ぷぅ」
『ぷぅ!』
「じゃ、ぷぅ。これからもよろしくね」
『ぷぷぅ!』
『ピィ!』
「ああ、セツもよろしくね」
『ピピピィ!』
オジーと一緒に屋敷の中に入り伯爵の部屋へと向かう。
「失礼します」
「おう、オジー。陛下の様子はどうだった?」
「はい。取り敢えず旦那様からお預かりしたお手紙は渡したのですが、まだお返事は戴いておりません」
「そうか……まあ、それはいつものことだ。しょうがない。で、ヒロ殿の受け入れは問題なさそうか」
「はい。それに関しましては十二分に配慮しておりますので、今日明日にでも問題ありません」
「そうか……だが、そうなるとちと困るな……」
「困る?」
「ああ、そうか。オジーは知らされていないか。実はな……」
伯爵から俺ではなく先輩がしでかしたテロ行為の全てを聞かされオジーは困惑する。
「マズいですね」
「ああ、非常にマズい。このままウララ嬢が居なくなれば、妻がなんというか……」
「いえ、旦那様。問題の本質はそこではありません」
「へ?」
俺も奥様が先輩を逃すものかとどんな手を打ってくるか不安だったが、オジーが心配しているのはソレじゃなかった。
伯爵もそうだと思っていたのだろうから、オジーがソレじゃないと言った時に間抜けな声が漏れ出る。
「いいですか。言わずとも分かると思いますが、このヒロ様はそこまでイケメンでもないですし、身形はごく普通のモブです」
「まあ、そうだな。で?」
「ですが、ウララ様は違います」
「ん? どういう意味だ?」
オジーは俺のことをチラッと一瞥すると俺のことを『モブオブザモブ』と伯爵に進言するが、そこまで言われるほどなのかと自分の姿を思い返して「ま、そうだよな」と自認する。
「まず、見た目からしてあれほどサラサラとした艶やかな御髪に潤いを秘めた唇、それに目元もパッチリとしています。恐らくですが、街を歩くだけで色んな意味で耳目を集めるでしょう」
「え、先輩が?」
「オジー、それはちょっと盛り過ぎではないのか?」
「盛り過ぎ? いいえ、これでも過小評価していると思っている程です」
「「マジ?」」
「マジです!」
先輩をそんな風に意識して見ていなかったが、言われてみれば確かにと思ってしまう。
俺もそれほどこちらの女性を知っている訳ではないが、頭髪は小まめに洗っている訳ではないようで香油などで誤魔化している人が多い。
それにお風呂も贅沢と言われているので、毎日入る人など殆どいない。
ましてや、化粧品も現代日本ほどの水準ではないため、どこか野暮ったく見えるのもムリはない。
そんな中に普通にメイクしているだけの先輩が街を歩くだけでどれほど耳目を集めるか分かるでしょとオジーに言われ納得してしまう。




