もし僕が君のこと好きだと言ったら、君はどうする?
君からの連絡は、いつも突然だ。何の脈絡もなくある夏、僕は近くのカフェに誘われた。いや、誘われたのではない。(明後日の日曜日いつものカフェに集合)と、強制的に参加が決まっていた。君の誘いなら僕は勿論断らない。君もそれくらいは分かってる、だからそんなデリカシーのない文が打てるのだろう。
君が僕をカフェに誘った理由は、だいたい分かっているけど、君と会えるのなら僕はどんな理由だったって構わない。たとえどんなにつまらないことでも、君が僕を頼ってくれるなら僕としては本望だ。ゴキブリが家に出たという内容なら、僕は飛んで駆けつける。だけど、僕だって苦手なものくらいある。カエルが家に入ったという連絡だけは、本心では受け付けたくない。それでも、君に泣きそうな声にイヤイヤではあるが駆けつけてしまう。おかげで僕はカエルを克服できそうだ。
さて、時間潰しはこれくらいにして、君と待ち合わせをしているカフェにでも向かおうか。
カフェの前に着くと、僕としては衝撃的なその光景に唖然とし、言葉を絞り出すのにカップラーメンだ出来上がるくらいの時間を要した。
「ど、どうしたの?」
「振られちゃった……」
涙が混じったその声に、僕はまたしても言葉を失った。
こんな状況下でカフェで食事を、なんて僕には到底できない。君を待たせるのは少し心苦しいけど、待ち合わせたカフェでサンドウィッチを二つとコーヒーを二つ、それと、おやつにパンケーキを一つ注文し、近くの公園へ移動した。今現在お昼時だということもあり、ベンチの空きは少なかった。太陽の光が燦々と降り注ぐ、ホットカーペットのように温まったベンチに腰掛けて、二人でサンドウィッチを食べた。公園に着いた頃には君の目からも涙は止まっていて、いつものように嬉しそうに食べていた。
話を蒸し返すようで君には悪いけど、君を想う僕からすれば訊かずにはいられない。
「あのさ……話聞かせてよ……」
嬉しそうにサンドウィッチを食べていた君は、その手を止めて空を見上げながら経緯を話した。
「あのね、前に好きな人がいるって言ったでしょ? 実はさっきその人に告白したんだ。結果は見ての通り見事に振られたんだ。こんな時に突然呼び出してごめんね。でも、話し聞いてくれるの健しかいなくて……」
君が話しを終えてかららも僕が黙りを決めるから、気まずい空気がこの場に流れていた。
言いたいことが思いつかなかったわけではない。言いたいことは無限と言えるほどある。そんな僕がなんで黙りを決めたのかと言うと、君をこんなにも泣かすその男に苛立ちが芽生えすぎて、冷静にものを言える自信がなかったからだ。
感情に身を任せ辛辣な言葉を掛けるのは、君を余計に傷つけるに違いない。これだけ君を想っている僕なら、君を泣かすようなことはしないのに……。
そんなことを思っていても、一切口にはできない僕だった。誰よりも君のことを思っていても、僕らの関係は所詮ただの幼馴染。それ以上でも以下でもない。君と僕が付き合う未来を妄想しては、君の失恋話を聞かされる度に現実を突きつけられる。それでも、君を「好き」だと言えなくても、僕できる最大限で君のサポートは行う。
「石川先輩も石川先輩だよ。遊びに誘ったら必ず来るのに、告白したら振るなんてあんまりだよ!」
やけ食いをしながら君はそう話した。
「青葉のことは所詮ただの遊び相手にしか思っていないんじゃないの?」
「そんなことは……ないと信じたいけど、そうなのかも……」
食べている手を止め、うつむき加減に君は話した。
「そんな奴のことなんて忘れてさ……」
途中で止めることはできたけど、僕は何てことを言おうとしているんだ。君の弱みに付け込むような真似を、僕がしてどうする。
「途中で止めて、どうしたの?」
「やっぱり何でもない……」
「えー、気になるじゃん! 教えてよー!」
「青葉には秘密。変に揶揄われたくないから」
「絶対に揶揄ったりしないから続きを教えて。絶対に揶揄ったりしないから!」
そんなニヤけた顔で言われら説得力がない。口ではそう言っておきながら絶対に後から揶揄うやつの話し方だ。
「今日は青葉の話を聞く日だから、僕の話しはなし」
「何それ。なんかちょっとずるい。そう言えば、たけるの好きな人未だに教えてくれないじゃん。健だけ秘密が多いのはずるいよ! 卑怯だよ!」
君にずるいや卑怯と言われるのは心が痛むけれど、今は僕の想いを君に伝えるわけにはいかない。
「ずるくないよ。いつも青葉が勝手に自分のことをベラベラと喋りすぎなだけだよ」
流石に僕も言いすぎたと思い君に視線を向けると、君はフグのように頬を膨らませ僕を睨みつけていた。
「嘘だって。冗談だって。そんなに怒らないでよ」
謝罪の言葉を君は受け入れることはなく、逆にそっぽを向いてしまった。なかなか機嫌の治らない君に僕はカフェで買ったパンケーキを君に差し出した。君は不機嫌な顔のままそれを受け取り何も言わずに食べ始めた。
「おいしい……」
我慢していたのか、咄嗟にそ言ってしまい君は左手で自分の口を覆った。
「青葉の口に合ってよかった。よかったら、僕の分も食べてよ。さっきのお詫び」
君は嬉しそうに目を光らせていたが、何かに気付いたのかパンケーキ僕に返した。
「そうやって私を太らそうとしているんでしょ? 私は騙されないから!」
「そんなこと僕はしないよ」
「信じない! 私に隠し事しかしない健のことなんて信じない! 健は優しそうに見えてそう言う罠を張っている人だから!」
君の中での僕は、どういう人物像なんだ?
「罠って……いらないなら食べるね」
僕はちゃんと忠告したし、そもそもの話をするなら僕自身の分だ。
口にパンケーキを頬張り込んだ瞬間に君は驚いたような顔を浮かべた。
「あー! 健のバカ!」
君はまたしても頬をフグのように膨らましていた。
「君が振られた話の続きを聞かせてよ」
「やだ! まだお詫びをもらってない!」
君はまた機嫌を損ねていた。そんな君の機嫌を直すために僕は訊いた。
「何が食べたいの?」
君は口を小さく開いて答える。
「シュークリーム……」
「コンビニのやつでもいい?」
「うん……クリームが二種類入っているやつ……」
こんな様子でも注文は欠かさず行うのか。
「じゃあ、ちょっと買ってくるからここで待ってて」
「うん! 待ってる! いってらっしゃーい」
もうすでに君の機嫌は直っていたが、僕は君のために久しぶりに走った。君を待たせまいと近くのコンビニまで走った。真夏で食後だったこともあり、口の中は苦く胃液が少しだけ戻ってきていた。それでも僕は走った。吐く時はコンビニのトイレだと心に決めながら。
コンビニに着くと、僕は君のためのシュークリームと君の好きなリンゴジュース、それと、自分用の水を買った。行きでは散々な目に遭ったから、帰りはゆっくりと歩いた。徒歩で言うなら五分の距離だから初めから走らなければよかったと後悔をしながら歩いた。
「お待たせ。喉も渇いていると思って、リンゴジュースも買ってきたよ」
君は満面の笑みを浮かべていた。
「ありがとー! 健にしては珍しく気か利くじゃん!」
「珍しくは余計だよ!」
「ごめん、ごめん。冗談だよ」
「僕も青葉のように機嫌をわざと損ねようかな」
「シュークリームあげるから許してください」
「ごめん、ごめん。冗談だよ。そのシュークリームは青葉への些細なプレゼントだよ。青葉が食べて」
「じゃあお言葉に甘えて、いただきます!」
君は毎度毎度こうだ。「振られた」と言う割に愚痴のようなことはほとんど言わない。君が抱え込んだストレスなら僕が全部受け止めるのに、君は人を呼び出す割に深くは語らない。だからこうして無理矢理ではあるが僕から聞き出している。甘いお菓子で釣れるのは分かりやすくていいけど、僕だって本当はこんなことしたくないんだ。
「シュークリーム食べ終わったら、今度こそ話しを聞かせてね。二人で決めたじゃん。君が振られたら僕が慰めるって。僕がもし振られた時は話しを聞いてもらうんだから、遠慮なんてしないでよ」
君は僕の言葉に反応することなく、シュークリームを食べ続けていた。
そして食べ終わったシュークリームの空袋を無言で僕に差し出した。
「ゴミ捨ててくるから話しができるように心の準備をしておいてよ」
そう言い残して僕はゴミを捨てるため、君の座っているベンチから離れた。
この公園のゴミ箱は少し遠く、入り口付近にあるトイレの隣にある。僕がゴミを捨ててベンチに戻るまで二分くらいはあるはずだ。その間に心を決めてくれたらいい。それでいい。
僕は君の座っているベンチに無言で座った。それを待っていたかのように君は話し出した。
「今回は、上手くいくと思っていたんだ。デートも何回もしたし、出会ってまだ二ヶ月半だよ。告白の三ヶ月ルールも守ったのに、私ってなんで何回も振られるの? 健、私ってどこがダメなの? ダメなところ教えて、今すぐ直すから!」
気付けば君は僕の至近距離まで近づき迫っていた。近さ故に君の体を優しく抱きしめたかったが、公衆の面前だと言うこともあり両肩を掴むことで自制した。
「さっきみたいにわがままなところ……」
口ではそう言ったが本心では、君に悪いところなんてない、僕なら君を誰よりも知っているし、君を悲しませることなんてしない。と言いたかった。
「あ、あれは、健にだけしかしてないから! つ、付き合う前からわがまま言いすぎたら幻滅されるでしょ? だから私だって、言いたいこと我慢して大人しく過ごしてるの! もう、健って何でそんなデリカシーのないことしか言えないの?」
「健にしかしてない」僕はその言葉が何よりも嬉しかった。君の本当の顔を知っているのは僕だけなんだ。君が僕を選べば全てが上手くいくと思うのに君はどうしてそれに気付かないかな。
「わがままっ子のオーラが滲み出てるんじゃないの?」
「それは絶対にない。ちゃんと仮面かぶっているから!」
それはそれでどうなのか?
それから僕らは、空がオレンジ色に染まるまで、愚痴を聞いたり嫌味を言ったり和気藹々と会話を弾ませた。
そろそろ解散しようと君が言い出して、もう少し君との時間を過ごしたかった僕は、君をディナーに誘ってみたが、あえなく撃沈した。そんな帰り道。スマホに君からメッセージは入っていた。
(今日はありがとう)
(おかげでスッキリした!)
僕は皮肉を込めた言葉を返す。
(それはどうも)
(また振られたらまた慰めてあげるから安心して振られてね)
僕の言葉に君は大袈裟に反応する。
(今度は絶対に大丈夫だから!)
(もう振られることはないから!)
(だから今度は私が健を慰める番だから!)
僕は返す言葉が思いつかずにその場しのぎの笑っているスタンプを君に送った。既読はついたが、君とのキャッチボールは途切れた。
家に着くと、僕はある薬を手に取った。一般的な風邪薬や痛み止めに使われる、アセトアミノフェンだ。効果は大してないことは分かっているけど、胸の痛みを鎮めるのにはこれしか方法を知らない。許容量はほんの数錠。一気に飲めば胸の苦しみが取れたりしないかな。そんなバカな考えはやめて、素直に一錠だけを手に取り水と一緒に飲み込んだ。
こんなにも胸が苦しくなるのは久しぶりだ。高校のあの時以来だろうな。君はあの時から何も変わっていない。君は好きな人に夢中で、君から好きな人の話を聞かされる度に僕は君との距離を感じた。僕と君が結ばれる確率は、宝くじで一等に当たるよりも低い。僕はそうでもないと思っていたけど、あれは確か半年前の君が振られた日。「やけ酒だ!」と君に近所の居酒屋に無理矢理連れて行かれた時だ。僕は酔ったふりの勢いで君に訊いたのだ。
「もし僕が君のこと好きだと言ったら、君はどうする?」
完全に酔っ払っていた君は、体を揺らしながら当たり前のような顔をして僕に言った。
「たけるとはおしゃななじみだかりゃね……」
それ以上君は話すことはなかったけど、大体の想像はついた。その言葉を君の口からは聞きたくなかったから、本当に酔っててよかったと思った。
それから君は完全居眠ってしまい、僕は背中に君を乗せた。この時の僕には選択肢が三つあった。このまま近くのホテルへと君を連れ込むか、僕の家へと向かうか君の家に向かうか。君の家の場所は知っているけどおぶって帰るには少し遠い。それに鍵もどこにあるか知らない。近くのホテルに泊まるのもいいけど二部屋取るのか一部屋にするべきなのか。迷った末に僕は自分の家へと連れて帰ってしまった。これが俗に言うお持ち帰り……。
僕も生物学上のオスだ。そんな気持ちが全くないわけではない。だけど、ここで既成事実を作ったとしても君が僕のものになるわけではない。それに、そんなことをしてしまっては、君が二度と口を聞いてくれなくなるのは目に見えている。だから僕は、全力で我慢した。