デビュタント
いよいよ今日は、私のデビュタントだ。 そして、騎士団が遠征に行く日。
テルセオは、遠征が決まっていたから、デビュタントのエスコートの話がなかったのだろう。 それならそうと、言ってくれれば良いのに。
王宮へ着くと、何やら賑やかだった。
「きっと騎士団の出立式ですよ。行ってみましょう」
アリスは嬉々として、基地の方へと向かう。
まぁ、遠くから眺めるだけならテルセオに見つかることもないだろう。と、アリスの後を追いかけた。
儀式用の制服なのだろうか。馬上にいる彼らは、いつも以上に凛々しく見える。 令嬢達の歓声が響く。
馬上の騎士に手を振る者、知り合いなのだろうか、恋人なのだろうか、何やら手渡している令嬢もいる。
「私物を渡して、無事の帰還を願うんですよ」
アリスが耳打ちしてくれた。
「あっ、治療士殿」
先日、治癒を施した騎士達に気付かれ、感謝を伝えられた。
「無事にお戻り下さいね」
笑顔で手を降りながら見送ってゆく。
「あの一際目立つお方が、第二王子のレオナルド殿下ですよ」
アリスの指し示した方向に目をやると、王子の隣にいるテルセオと目があった。ような気がした。
まさか、距離もあるし、そんな事はないだろうと、他の令嬢達と同じように、笑顔で手を振っていた。
王子達一行の馬列が、目の前を通りすぎて行く……はずだったのだが、目の前に一頭の馬が止まった。
そして、誰かが降りてきた。 怖くて顔が上げられない。
スッと、手袋がはめられた左手の甲が差し出され、見上げるとやはり、テルセオだった。
マジマジと手袋とテルセオを交互に見るが、意味がわからない。
「お嬢様、ハンカチを腕に結んでください」
アリスが、小声で囁く。
慌ててハンカチを引っ張り出し、左手首に結んだ。
これで、満足なのだろうか?
彼は一言も発する事なく、ハンカチをマジマジと見つめながら、馬上の人となった。
呆気に取られた私の目に、彼が微笑んだ様に見えた。
―――背筋が凍りつく心地だ。
急に寒気を覚えたエマは、研究所に着いたら、暖かい毬莉花茶を飲まなければ。と思ったのだった。
※※※
「ねぇ、見たわよ。アンダクス様と、どういう関係なの? 昨日といい、怪しいわ」
研究所に入るなり、ハズキが駆け寄ってくる。
「一応、婚約者です。今のところ」
「あなた、何者なの?」
「あら、紹介しなかったかしら? エマ・ベトベニア伯爵令嬢、あのカルタシア侯爵の孫よ」
所長が、書類をヒラヒラさせながら近付いてきた。
「これ、雇用契約書、サイン頂戴ね」
所長から書類を渡されたエマは、一読して尋ねる。
「これ、試験に合格したことになってますけど、いつ受けたのでしょう」
「あぁ、それ? 回復薬の精度よ。それと、基地での治療を総合的に判断したわ。臨時にしておくのが勿体無いわ」
「―――それなら」
カルタシア侯爵の孫、この肩書きで、どれ程やっかみを受けた事だろうか。
それもあって、社交は苦手だ。 キチンと努力を認めてもらった事は、あまりないので、とても嬉しく感じる。
エマは、サラサラとサインをして、所長に書類を返した。
「そうそう、テオドロスが迎えに来てるわよ。今日は、デビュタントなんでしょ? もう、帰りなさい」
「なんで、クラニディ様?」
ハズキが、所長に尋ねると
「あの二人、親戚よ」
絶句しているハズキに手を振りながら、エマは研究所を後にした。
※※※
デビュタント用に仕立てられた、純白のユリをイメージしたドレスを身にまとい、最終チェックを侍女と行っていた。
あとは、アクセサリーを合わせるだけになった頃、ドアがノックされ、テオドロスが顔を覗かせる。
「良かった。間に合った」
彼の手には、トレーに乗せられた木箱があり、侍女がそれを受け取った。
木箱を開けると、私の瞳に合わせたアクアマリンとオレンジ(どちらかというとゴールドに近いが)が、絶妙なバランスで配置されたネックレスと、それと同じような配色で、キラキラと輝くピアスが収まっていた。
「素敵だわ。ありがとう」
私は、ネックレスを持ち上げ、明かりに照らす。煌めくゴールドの宝石の反射が美しい。
「喜んでくれて、何より」
満足そうに、テオドロスは微笑んだ。
※※※
陽がトップリ暮れた頃、再び王宮へと馬車を走らせている。
「緊張してる?」
テオドロスが、微笑みながら優しく腕を撫でる。
「―――かなり」
「大丈夫だよ、と言っても無理か。まぁ、適当に途中で帰ろうか」
国王に挨拶して、何回か踊れば、もう帰っても問題ないらしい。 最後まで……なんて言っていたら、朝陽が昇るそうだ。 流石にそれは、キツイ。
城門をくぐり抜け、ゆっくりと馬車は進む。 馬車を照らすカンテラの明かりが、宮殿へと続いている。
宮殿の前の待機場は、様々な仕様の馬車が停まっていて、一目でデビュタントだとわかる、純白のドレスを身にまとった令嬢達とエスコートの男性、また、家族達で賑わっていた。
その列の中に、エマ達の馬車もゆっくりと進み入り、そして停まった。
「さて、着いたようだよ。心の準備はいい?」
「無理です」
豪快に笑いながら、開けられた馬車のドアから降りたテオドロスは、エマに手を差し出す。
「どうぞ、お姫様」
「ありがとう」
「さぁ、いよいよ出陣ですよ」
トンッと、彼に背中を押された。
「勝つよ。エマ」
―――いよいよ、社交デビューだ。負けてられない。
「エマ・カルドス・ベニドニア伯爵令嬢」
名前を告げられ、扉が開く。
努めて背筋を伸ばしながら、真っ赤な敷物が続く広間を、テオドロスに腕を取られ、優雅に、堂々と、ゆっくり歩く。
テオドロスは、余裕の笑みだ。流石だ。エマも、負けじと笑みを蓄える。
―――イメージするのよ。私はお姫様……。優雅に、堂々と。
王族方も入場し、一人一人お祝いの言葉を頂く。 音楽が流れだし、各々パートナーと踊り出す。
ようやく、緊張が溶けてきた。 ふと見上げると、テオドロスが、ニヤニヤしている。
「―――なに?」
「エマが緊張している所を堪能している。今度は、いつ見られるか、わからないから」
「もう……」
でも、テオドロスがエスコートしてくれて良かった。 これがテルセオだったら、緊張しすぎて、何かやらかしていた事だろう。
そういえば、魔獣討伐はどこまで行くのだろうか。