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遭遇

それからのエマは、ベトベニア伯の許可も得られ、社交シーズンの間だけ、王立研究所の手伝いをする事になった。

所長からは『王立研究所在籍・治癒士・臨時職員』と書かれた身分証を預かった。 これで、王宮内を歩いていても問題はない。

そして、制服を支給された。 これで、研究所の職員だと一目でわかる。


いよいよ明日、騎士団が遠征に出掛ける日となり、回復薬の依頼数にようやく達した。

「エマさん、これ一緒に、騎士団に届けてもらってもいいですか?」

同僚のハズキが、回復薬の並んだ箱を抱えてきた。

(彼女のどこに、こんな重たい荷物を持つ力があるのだろうか)

ハズキの細腕を見ながら、自分に持てるだろうかと思いつつ、手を差し出した。

「あぁ、違います。あっちの箱をお願いします」

アゴで示された方向に、同じ量の箱があった。


―――流石に、エマは持ち上げる事ができず、台車を利用して騎士団に向かっていた。 もちろん、ハズキの持っていた箱も台車に乗っている。


騎士団の基地に近付くにつれ、大事な事を思い出した。

テルセオに会ってしまうかもしれない。 王都に来ていることは、知っているだろうが、まさか、王宮で働いているとは想像していないだろう。

(大丈夫、基地は広い。そうそう、会うことはないはず)

できることなら、会いたくない。と思いつつ、隣接する基地の医務室へと向かった。


「こんにちわ、依頼されていた回復薬の残りです」

ハズキが、医務室のドアを開けながら、声をかける。


ドアの奥から、血の匂いが漂ってくる。ハズキも気付いたようで、ドアを大きく開け放つ。

ベッドだけでは足りず、床に横たわる騎士達の姿が、視界に入った。


「お手伝いします」

迷う事なくハズキと共に騎士達の治療にあたった。

「何があったんでしょうか?」

ハズキに小声で聞いてるみると

「傷の感じから言って、魔獣ではなさそうね。小競り合いでもあったのかしら」


縫合が必要な傷もあった。 道具を借りて、魔法も併用しながら、次々と治療にあたっていた。


「あなた、手慣れているわね」

「騎士団で、育ちましたから」

そう、母が亡くなってからは、祖父母の暮らすベトベニア領にいた。 そこの騎士団で必要な知識は得た。

そこで薬学を教えてくれたのが、テオドロスだった。


―――騎士達の治療を終え、回復薬の受取のサインをもらうため、団長室に向かわねばならなかった。

普段は、医務室の院長のサインで事足りるのだが、今回、依頼量が多いため騎士団団長のサインが必要なのだとか。


エマは、一足先に帰ろうとしたのだが、治療の手伝いをしてくれたお礼を伝えたい、と言われてしまい、逃げることができなかった。


(テルセオがいると決まったわけではない。普通は、いない。大丈夫)

呪文の様に言い聞かせながら、団長室への廊下を歩いていた。


案内をしてくれた騎士が、団長室のドアを開けてくれる。 ハズキに連れだって入室し、頭を下げる。


「―――なぜ、君が?」


テルセオの声だ。『そろそろ時間だ。またね』以外の言葉を、始めて聞いたかもしれない。


「君たちが、医務室の手伝いをしてくれ助かったと報告を受けている。私からも、礼を言おう。ありがとう」

団長の挨拶に、当然の事だ。とハズキが答え、受取書にサインをもらっている。

その間中、テルセオの視線が痛い。怒っているのだろうか? 怖くて、そちらに顔を向ける事ができない。


令嬢は、大人しく部屋に混もってお茶でも飲んでろ。ってタイプなのかしら?


「明日から、魔獣討伐に行かれると伺っています。無事のお戻りを祈っております」

ハズキの言葉に合わせ、再び頭を下げる。


開かれたドアから退室し、一息つく。

「はぁー、緊張したね。ちゃんと出来てたかしら?」

心配そうに尋ねてくるハズキに、微笑みながら答える。

「完璧でしたよ」

「良かった。納品も終わったし、しばらく研究に打ち込めるかしら?」

「戻ったら、お茶をいれますよ」

「エマの入れるお茶、好きだわ」


―――先日購入した毬莉花茶(ジャスミンティー)の茶葉を、研究所に持ち込んでいるのだ。


「エマ」


不意に、後ろから名前を呼ばれた。心臓が止まりそうだ。 この声はテルセオだ。怖くて振り向けない。

代わりに、ハズキが振り向いた。


「あら、アンダクス様」

「アビラ嬢、彼女を少しお借りしても?」


私達の顔をしばらく見比べながら、彼女は、ハッとした顔をした。

「どうぞ、アンダクス様。エマ、お茶を入れるの忘れないでね」

ニヤニヤしながら手を振っている。絶対に、何か勘違いしている。


テルセオは、私の腕を掴み、中庭へと引っ張っていく。 握られた腕が痛い。少しだけど……。


「痛いのですけど」

彼が立ち止まったタイミングで、苦情を告げる。

慌てて腕を離す彼の顔は、怒っている様にも見えた。


「なぜ、王宮にいる」

「頼まれたからです」

身分証を見せながら答える。

「王立研究所在籍・治癒士・臨時職員……」

彼は、身分証を読み上げたまま、何も話さない。

「用件はそれだけでしょうか? 失礼しても?」

「伯爵は、ご存知なのか?」

「所長からは、そう、聞いていますけど」

「そうか」

沈黙が続く。


―――また、だんまりか。それとも、しゃべりすぎて疲れたか?


「エマ」

「なんでしょう」

「遠征から戻ったら、使いを出す」

「は?」


それだけ言うと、テルセオは踵を返し、団長室の方へと歩いていった。


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