食事亭
「お嬢様、お疲れ様でした」
城門の手前でアリスに出会った。 彼女の顔を見て緊張が解けたのか、急に空腹を覚えた。
―――不覚にも、お腹が鳴ってしまった。 顔が火照るのがわかる。 恐る恐るアリスの顔を伺うと、笑いを噛み殺している。
「逆に恥ずかしいんですけど」
上目遣いに彼女を見るが、笑いが止まらないようだ。
「クックッ、何か食べて行きましょうか」
素敵な提案を受けて、私達は馬車に乗り込んだ。
比較的王宮に近い所に、その食事処はあった。 貴族が立ち寄るには庶民的な店構えなのだが、一部の令嬢達に人気があるらしい。
席に案内されながら、アリスが耳打してくる。
「騎士団の方々が、昼食に利用するんですって」
確かに、ご令嬢方で賑わっていた。
「ここの料理長は、王宮を引退したシェフなので、味は確かですよ」
アリスが、主人とは同じ席に座れない。と言い出したのだが、流石に一人で食べるのは味気ないので、お願いして一緒に食事を取ってもらった。
―――アリスは何でも知っている。
まだ、数日しか共に過ごしていないが、とても頼りになる。
食事を一緒に取りながら、彼女の話をいろいろ聞いたのだが、家族の話はしたがらない。
「一介の使用人に、特別な感情を持つものではありませんよ」
そんな彼女が一つ教えてくれたのは
「騎士様とお近づきになりたい」
聞けば、家を継げない令嬢や、侍女の結婚相手に『騎士』は人気だそうで……
「騎士団の訓練を見に行きましょう。 お嬢様の婚約者を見に来た。と言えば、おかしくないですよね?」
正直、テルセオに会いたくないので、できるだけ近寄りたくないのだが、アリスのキラキラした瞳には逆らえなかった。
「―――わかったわ。その代わり、今後、社交界での戦いのサポートを頼むわ。全戦全勝よ?」
「任せてください。情報量では、誰にも負けません」
アリスは、意気込んだ後「たぶんですけど」と付け加えるのを忘れなかった。
いつの間にか、店内は満席に近くなり、辺りを回りを見渡せば、騎士の姿も増えていた。
アリス曰く『公開お見合い』なのだとか……。
騎士の中には少なからず貴族子息もいる。 実家を継ぐ予定の嫡男もいれば、次男に自分の家を継いで欲しい令嬢もいる。 また、働き次第で爵位を授けられる事もあるらしい。
彼らは、夜会でよく見る礼服とは違い、少し日に焼けた精悍な顔付きに、騎士服が似合う引き締まった身体をしている。 なるほど、魅力的かもしれない。
「お嬢様、そんなにキョロキョロしてはダメです。物欲しそうに見えちゃいます。価値が下がりますよ」
「そうなの?」
「そうです。常に選ぶ立場にいないと」
「なんだか、大変ね」
両親に決められた相手と結婚するだけの私とは違い、自分で相手を見つけないといけないなんて、気が遠くなる。
どこの誰かもわからないなんて、怖いではないか。
「私にしてみれば、好きでもない相手と結婚する方が怖いですけどね」
「そんな事、考えた事もなかったわ」
「でも、大丈夫ですよ。お嬢様は、きっと婚約者様を好きになりますよ」
「そうかしら?」
「はい、きっと」
※※※
馬車の待機場まで歩いている途中、思い出した。
「アリス、紅茶を買いたいわ」
彼女の出してくれるシナモンミルクティも美味しいのだが、やっぱり毬莉花茶が飲みたい。
正確には、パブロの入れてくれる毬莉花茶なのだが、贅沢は言わない。
屋敷で懇意にしているという紅茶店に寄り、毬莉花茶を出してもらう。
「お嬢様は、この紅茶がお好きなんですね。早く教えて下さればいいのに」
すねるアリスもかわいい。
「出された物は、黙って頂くように教育されたのよ」
「まぁ、伯爵さまが?」
フフッと笑いながら、私は答える。
「違うわよ、私の大事な兄の一人よ」
不思議そうな顔をしているアリスを見ながら、パブロを思い出す。
元気にしているだろうか、今はどの辺りの海にいるのだろうか……。