ミモザの咲く頃・2
エマは、サラマス邸で相も変わらず、せっせと回復薬を作っている。
アリスがふてくさりながら、エマの元にくる。 今日、何度目かの来客の知らせだ。
「会いたくないわ」
アリスの顔を見ることなく、そう伝える。
「そう言われると思ってますけど、さすがに往復するのも飽きました。一度お会いしてください」
アリスは、私の側から動かない。
あの手紙がテルセオに渡ってからというもの、毎日何回も暇を見付けては、こうやって訪ねてくる。
(おかしくない?)
私は、少なくとも一ヶ月はアンダクス邸に毎日通っていた。 何か言いたいことがあるなら、いくらでもチャンスはあった。
それが、こちらが愛想を尽かしたとたん「話がある」って……馬鹿にしてるわ。
と思いながらも、彼が私を気にしてくれるのが嬉しい。 少なからず、期待をしてしまう。
「テルセオが訪ねてくるようになって、何日目かしら?」
仕上がった回復薬を瓶に詰めながら尋ねる。
「まだ、数日じゃないですか? でも、もう終わらせて下さい」
(―――まだ、そんなものか。でも、あまり焦らして見限られるのも困るわ)
「パブロの店に行くから、そこでなら合うわ」
安堵のため息を付きながら、アリスは部屋を出ていった。
※※※
「僕の店は、喫茶店じゃないんだけど……」
口を尖らせながら、パブロが茉莉花茶を二人分、テーブルに出してくれる。
無表情な元婚約者の視線が、右へ左へと、さ迷っている。
私は、ユラユラと湯気の立つカップを持ち、一口、口に含む。爽やかな香りが鼻に抜けた。
「お話し……とは、何でしょうか」
努めて、無感情に言葉を発する。 カップをソーサーに戻すと、コトリと音が立った。
膝の上で手を軽く重ね、真っ直ぐにテルセオを見据えた。
(あぁ、なんて完璧な造形なのかしら)
窓から低く射し込む、穏やかな冬の陽射しに照された彼の髪は、やはり金色に煌めいている。 高い鼻筋、形のよい薄い唇、不安げな色を漂わせている湖水のようなエメラルドグリーンの瞳。 完璧だわ。
―――沈黙が続く。 店の賑わいが遠くで聞こえていた。せっかくの茉莉花茶が冷める前に、と再び手をカップに近づけた。
「―――申し訳なかった」
絶え入るような声で、テルセオはそう言った。
私はゆっくりと二口目を喉に落とし込んだ。
「―――それで?」
カップを戻すとまた、コトリと音が立つ。
「それで?とは?」
不思議そうにテルセオが、私の顔を伺い見る。
「私が知りたいのは、私達の事ですわ。 正直、今さら謝罪されても心に響きません。私が知りたいのは、貴方の気持ちが私と一緒かどうか。それだけですわ」
左手をかざし、いつぶりかの淑女の微笑みをテルセオに見せる。
私は三口目を飲もうとカップに手を伸ばす。 その手をテルセオが掴んだ。
「僕は、期待をしてもいいのだろうか?」
彼は私の手を掴んだままに、席を隣に移動してきた。
翠玉の瞳に熱が帯びる。
「貴方こそ、まだ私を思ってくれているのですか?」
私は真っ直ぐに、彼の翠玉の瞳を見返す。
途端、脳天に衝撃が走った。
「痛ったぁーい」
頭を押さえて振り替えると、書類の束を抱えたパブロが立っていた。
「ねぇっ! イチャつくなら他所でしてくれる? ここ、俺の店!」
ニヤつきながらパブロが、シッシッと手を振る。
私達は手を取り合い、指を絡ませ、パブロに手を振りながら店を出た。
※※※
王都が眼下に見下ろせる見晴台へと、馬を走らせて来た。 頭上にミモザの可憐な黄色い花が、咲き乱れていた。
日が傾き始め、城下の街並みがオレンジに色づき始めた。 昼間の暖かさが嘘の様に、少し肌寒く感じる。春の兆しが見えているが、まだまだ冬らしい。 私はマントの前を、合わせ直した。
その時、肩に重みを感じて仰ぎ見ると、テルセオが上衣を掛けてくれていた。
「寒くないの?」
「鍛えてるからね」
どこにでもありそうな会話をする。
フフッと笑うと、不思議そうに顔を覗き込んでくる。
「つまらない返事ね」
その時、風が立った。 テルセオがブルッと震える。
「やっぱり寒いんじゃない」
そう言って私は上衣を彼に返そうとするが、後ろから抱きすくめられた。
「寒いから……こうしてて、いい?」
捨てられた子猫の様な表情で懇願してくる。 断る事ができるだろうか? 私は身体を反転させ、彼の胸元に顔を埋めた。
また、風が立つ。 ブルッと身体が震える。
上を見上げると、テルセオが何とも表現し難い顔で私を見つめていた。
「ごめん……本当にごめん」
「本当、つまらない言葉ね」
私はテルセオの頬に手を当てる。 指先の冷たさでテルセオが身震いした。腰に回っている彼の腕に力がこもる。そのままおでこをくっつけて、クスクス笑い合った。
テルセオの絹糸のような髪に、ミモザの花が絡まっている。 私は一つ一つ指でつまんで取っていた。
彼は腕を頭上に伸ばし、手頃な枝を一本、丁寧に手折った。
「どこかの国では、愛の告白にミモザの花束をプレゼントするんだってね」
「花言葉は感謝よね?」
「秘密の恋って意味もあるんだって」
テルセオが、私の髪を指で鋤いて、ミモザの小枝を耳に飾った。
「エマ・ベニドニア嬢」
彼の手のひらが、私の頬を包む。
「こんな、面倒な私だが、呆れる事なく生涯共に過ごしてくれないだろうか」
テルセオは、私の左手を取り、再び薬指にあの指環をはめてくれた。嬉しくて涙があふれ出る。
「返事をくれないか?」
指環のはまった薬指に口付けを落として、艶を帯びた翠玉の瞳が、上目遣いに答えを催促してくる。
(答えなんて決まっている)
私は、テルセオの首に飛びついた。
「もう二度と別れてあげないんだからっ」
そして、彼の唇に噛みついた。
永らくお付き合いくださいまして、ありがとうございました。
よろしければ、ポツポツ書き始めましたので、またお付き合い下さい。
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『アカンサスの花園』
異世界転生物です。モブが主人公です。




