ミモザの咲く頃・1
王宮騎士団では、組織の改革が進んでいた。 まだ、団員数は以前と同じとはいかないが、第一王子のアレハンドロと第二王子のレオナルドとで、分けられていた王宮騎士団を一つにまとめた。
細かい事は省くとして、今まで別行動だったテルセオとルーカスは、レオナルド王子の元、行動を共にする事となった。
―――騎士団の執務室で、テルセオとルーカスは書類と格闘をしていた。
今まで一人で処理していた書類関係を、二人で確認しあう事となったのだ。 レオナルドの部隊では、もちろんテルセオとルーカスになる。
書類から顔を上げる事なくルーカスが、テルセオに話しかける。
「テルセオはさぁ、まだ、ベニドニア嬢に指輪渡してないんだって? セシリアが怒ったよ」
ピタリとテルセオのペンが止まった。
「婚約破棄の経緯の説明も、してないんだって?」
ルーカスはテルセオを見ること無く、サラサラと書類にペンを走らせながら、話し続ける。
「ちゃんとベニドニア嬢に話さないと、愛想つかされるよ。 僕だって返事が来なくても、毎日のように手紙送ってるのに。 テルセオは毎日会えるんだからさぁ、ちゃんと……」
「……ない」
テルセオの声が小さすぎて、ルーカスの耳に届かない。
「なに?なんて言った?」
ルーカスが、書類の山からテルセオの姿を覗き見た。
「怖くて、話せないんだ」
テルセオの手が、小刻みに震えている。
「ハァ!?」
ルーカスは残念な眉目秀麗な男を眺めていた。
(話さなければ、何も伝わらないではないか。 こいつはアホなのか?)
「さすがに、婚約継続の話はしたよね? 確認だけど、もう一回、婚約を申し込んでるよね?」
長い沈黙の後、テルセオは首を横に振った。 教会が自分とエマの婚姻は継続されている。と発表したのだから自分達は『婚約中』である。 なのに、また婚約を申し込むのは……と、モゴモゴと言い訳をしている。
指輪を渡しそびれているのは、エマを酷く傷付けたのに、無罪放免になったからといって、直ぐに指輪を渡すのはどうなのだろう。と感じていると、話す。
それに、断られるのが怖くて全くと言っていいほど、会話をしていない。と言う
ルーカスは呆れて物が言えない。 人生、いまだかつて、こんなに呆れ果てた事があるだろうか。
エマに横顔を無言で見せつけ続け『嫌われている』と思い込ませていた事実を、このアホは忘れたのだろうか。
「お前さぁ、一ヶ月近くエマと話す機会あったよね? なにやってんの? 彼女を酷く傷付けたって自覚があるなら、直ぐに謝罪するべきでしょ?」
―――ルーカスは思い出す。
あぁ、こいつはグロリア・クルーズの言い分を全て受け入れて、エマを切り捨てたアホだった。
いくら脅迫されたからといって、死ぬ訳じゃあるまいし拒否すればいいものを……根が真面目なのか?
あんな男好きで有名な令嬢の価値なんて、あの事件があろうとなかろうと、たいしてかわらない。
「そういえば彼女、セシリアにグロリア・クルーズの居場所を聞いてきたらしいよ」
ルーカスは、不甲斐ない『月光の貴公子』に伝えてみた。
そもそも、セシリアが自分に返事をくれたのはこの件があったからだった。
テルセオの頬がピクピクと、引きつっている様に見える。
「お前が憔悴しきっているのは、グロリア・クルーズへの罪悪感からだろうから、彼女が看病すれば、彼女から許しの言葉さえ貰えれば、直ぐに回復するんじゃないかって、エマは考えたらしいよ。 それで、彼女とお前を合わそうと……」
「そんな訳ないだろ!」
テルセオが、拳で机を叩く。
「―――あんな女の名前を出すな」
テルセオの眉が嫌悪感に歪む。怒りで語尾が震えていた。
「お前さぁ、エマにそう思われてるって事、自覚した方がいいよ。 まぁ、知らないって返事したらしいけど」
テルセオはハッとしたように目を見開き、かと思えば、ソワソワと左右に瞳が揺れる。そして、懇願するかのようにルーカスを見つめる。
「それ、いつの話?」
「もう去年の話だよ。 エマがお前の家に通い始めた頃だろな」
「なんで早く教えてくれないんだよっ」
いきなりテルセオが立ち上がり、今度は怒りをルーカスに向ける。
「ふざけるなよ。自業自得だろ? チャンスはいくらでもあったのに」
ヒラヒラと手を振り、ルーカスは『知らない』と仕草を示した。
そのままテルセオは、ウロウロと部屋の中を歩き回る。 その動揺した姿を見ながらルーカスは、狼狽える位なら、さっさと指輪を渡してしまえば良かったのに。と、呆れ果てていた。
ルーカスが書類に視線を戻すと、ノックの音が聞こえた。
しばらくすると騎士が、心ここにあらず状態のテルセオに手紙を渡した。
一読した彼は、騎士の肩を掴み声を荒げた。
「これを持ってきたのは?」
「商人です。いつも薬を搬入している……」
「パブロか!」
騎士の言葉が終わらないうちに、テルセオは駆け出した。
ごめんね。と、騎士に声を掛けたルーカスは、床に落ちた手紙を拾った。
文面に目を通した彼は、クスクス笑いだす。
「ほんと、学習しないよね。二人とも」
エマの手紙をテルセオの机に戻して、ルーカスは二人分の上衣を手に取った。




