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恋慕・4

毎朝、テルセオの屋敷に通うようになって、どれくらい経っただろうか。

今では、吐く息も白くなりコートがないと凍える寒さとなった。 雪がチラツク朝もある。


相変わらず、健康状態の確認をした後、煎じた薬湯をテルセオに飲んでもらう。 一言二言他愛ない会話をして、騎士団へと彼を送り出していた。

あれから寝込む事もなくなり、そろそろ薬湯も必要ないような気がする。


年が明ける頃には、肌艶も良くなり肉付きも元通りになったように見えた。 侍女達の話では、食事量も以前と同じ位まで戻ったという。

見た目も、もう『月光の貴公子』と言われていた頃と寸分違わない美しさに戻った。


侯爵夫妻から、たいそう感謝されたが、私は、パブロの仕入れた上等な薬草とテルセオ自身の努力だと伝えた。


ある朝、テルセオが王宮騎士団へと向かった後、私は侯爵夫妻に「もう、薬湯も朝の健康確認も必要ないと思う」と伝え、明朝からは来訪しない旨を伝えた。


そして、ずっと考えていた決意を二人に伝えた。

「今後一切、テルセオ様にお会する事はありません」


「そんな事言わないで、これからも遊びに来て頂戴」

驚いた侯爵夫人が、慌てて私の腕を掴んだ。

「婚約破棄を伝えられた身で、いつまでも侯爵家に出入りするのは良くないと思います」

そっと、夫人の手に自分の手を重ねた。

「今まで大変良くしてくださって、ありがとうございました」


私は決心が鈍る前に、侯爵家から逃げ出した。


※※※


「やぁ、僕の姫様。自分の気持ちはわかったの?」

相変わらず飄々としているパブロが、ニヤニヤしながら聞いてきた。


テルセオの状態を伝えようと、店に立ち寄ったとたん、これだ。


「わかったわ。私は何とも思われてないって事がね」

パブロを睨みながら、そう答えた。


テルセオと話していてわかった事がある。 ずっと、彼の側にいたい。 好きとか嫌いとか、結婚したいとか、そういうのを超越していた。 私は、彼の穏やかな雰囲気が好きだ。 側にいると安心する。


でも、彼はそうじゃなかった。


以前とは違い()()を感じる。 会話をしていても、どこかよそよそしい。

もう、前のような関係には戻れない事を思い知った。


婚約破棄の経緯についての言い訳も無ければ、それについて一切触れてこなかった。

もちろん、以前のような愛のささやきもない。 正直、彼のぬくもりが恋しい瞬間もあった。

私だけが、いつまでもテルセオとの恋が忘れられないみたいで、それが悲しくも悔しくもあった。


薬湯が必要ないのだから、もう、毎朝通う事もないだろう。いつまで経っても飾られなかった左手を眺めて、そう判断したのだ。


―――そんなような事をパブロに伝えた。


「ふーん……」

パブロは、少し首を傾げながら、私をじっと見つめている。 彼の黒曜石の様な瞳に、心が探られるような感覚を覚えた。


「ならさ、ベニドニアに戻ろうか。 もう、テルセオも元気になったのなら、()()にいる必要なくない?」


ズキッと胸が痛む。 『必要ない』 確かにそうなのだが、やっぱり未練が残る。


そんな私の様子を察したのか、パブロに笑われる。


「眉をひそめてないでさ。 楽しい事を考えよう? 船で行けば天気にもよるけど、三日程で帰れると思うよ」

「でっ、でも! 騎士団に薬……薬を作らなきゃ!」

つい、声が大きくなった。


とたん、ケラケラとパブロが笑いだした。

「ねぇ、素直になりなよ。 結局、テルセオが好きなんでしょ? テルセオの文句ばかり言ってるけど、エマの気持ち、伝えてみた?」

パブロは、笑いすぎて頬に涙玉がこぼれていた。しばらく笑い続けていた彼は、ハァハァと息を整えた後、急に真面目な顔をした。


「一度、ちゃんとテルセオにぶつかってみな? エマが言い出せないように、テルセオも言い出せないのかもしれないじゃん。 それでも、ヤツがハッキリとエマの欲しい答えをくれなかったら、その時は殴ってくるから」


貴族に手を出したら、後が面倒なのに。 でも、その気持ちがうれしい。


「―――でも、もう会いませんって、侯爵夫人に宣言したわ……」

モジモジしながら伝えると、パブロは目を見開き、再び笑いだす。


「ブハァッ、ほんとエマは極端だね。 じゃ、手紙書こうか。 騎士団に品物を卸したついでに、テルセオに渡しておくよ」

「なんて書けばいいの?」

「そうだね……」


それからパブロの店で、試行錯誤しながらテルセオへの手紙を仕上げた。 それでも彼が何も言ってくれないなら、もう、これっきりにしよう。


◆◆◆◆◆


テルセオ・アンダクス様


前置きは、省きます。


今日までの幾日かで、私は必要とされていないと感じました。


あなたに婚約破棄を伝えられてから、今日までずっと、再び愛される事を望んでいました。

いつ、あの指輪をはめてくれるのかと、心待にしていました。


でも、そう思っていたのは、私だけだったようです。


もう、期待して待つのは止めます。

楽しかった日々をありがとうございました。

お元気で。


エマ・ベニドニア


◆◆◆◆◆

もうすぐ、終話です。


https://ncode.syosetu.com/n1049il/

『アカンサスの花園』

初めてみました。

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