失恋のその後・2
翌日、エマはルシア妃のお茶会に参加するために、パブロと馬車で王宮へ向かっていた。
(憂鬱だわ)
窓の外を流れる景色を眺め、私はため息をつく。
なるべくテルセオのテリトリーには、立ち入りたくなかった。 しかし、ルシア姉様に会うには、王宮に出向くしかなかった。
そして、会いたくない。と思ってる時には、往々にして出会ってしまう。ということは良くある。
正に、今だった。
何故か、テルセオに案内されルシア姉様のいる客室へと向かっている。 さすがのパブロも驚いていた。
息が止まるような緊迫感の中、長い廊下を進む。 永遠に続くかと思える程だった。
「ベニドニア伯爵令嬢をお連れしました」
テルセオが室内に声をかけ、ドアを開ける。 テルセオが自分を呼んでくれた。 懐かしい響きに、涙が溢れそうになった。 二度と名前を呼ばれる事はないと思っていたから。
「ご苦労様、君もちょっと中に入ってくれるかな? 確認したいことがあるんだ」
ニオラオス公子の声が聞こえた。
躊躇するテルセオを、無理矢理、公国の騎士が部屋の中に招き入れた。
さすが、国賓の客室。というべきだろうか。 一目で最高級だとわかる重厚な調度品が、これまた絶妙なバランスで配置されていた。 一つの無駄もない。
そして、ニオラオス公子とルシア妃が優雅に微笑み、側には、侍女が数人控えていた。
「少し不快な事をするけど、エマの為だと思って我慢してね。エマの剣帯……してるね」
公子は、テルセオの腰に、エマの刺繍が施された剣帯と組紐が、まだ巻かれているのを確認した。
エマとパブロは、ルシア妃に誘われるままに、二度と座る機会がないであろうソファーに、腰を下ろした。
「じゃ、君たち頼むよ、なるべく下心を絞り出してね」
「!?」
テルセオは、いきなり騎士に羽交い締めにされ、膝をつかされた。 戸惑い迷う彼の身体に、侍女達の手が、恐る恐る伸びていく。
「いたっ!」
一番に、テルセオに触れようとした侍女が、慌てて手を引っ込める。他の侍女達も続けざまに、痛がり手を引っ込めた。
「ちょっと頑張ってさ、抱きついてみて」
テルセオが、不快な表情を浮かべ侍女を睨むが、ニオラオス公子は、にこやかに微笑みながら、侍女をせかす。
「―――失礼致します」
意を決したのであろう、一人の侍女がオズオズと進み出て、険しい顔付きのテルセオへと、両腕を伸ばした。
「無理です!」
その侍女は、弾かれるように飛び退いた。 雷に撃たれたような衝撃と痺れに襲われた。と、訴える。
「じゃ、次はアンダクス卿、侍女に抱きついて」
「――断る」
「君に拒否権はないよ」
ニオラオス公子は、目を細め抑揚の無い声で言い放ち、騎士達に拘束を解くように言う。
さすがに目の前で、元婚約者が女性を抱きしめる様子は見たくないと、私は顔を反らした。
「ぐっ」
呻き声と共に、ドサッと物音が聞こえた。 何事かと元婚約者に視線を戻すと、彼はしりもちを付いていた。
「あぁ!まじないか!」
弾けるようにのけ反ったテルセオを見て、パブロが叫んだ。
「そう『女性避』よ。パブロの話で思い出したのよ。エマのまじないは魔法並みに、効力があるって」
ルシア妃が、嬉しそうに呼応した
※※※
「それでどうする?二人とも。これで、アンダクス卿の潔白は証明されるんだけど」
ニオラオス公子が、私とテルセオに尋ねる。 私は黙ったままでいた。
「私の潔白が証明されても、クルーズ男爵令嬢の名誉まで回復するとは思えません。私は責任を取らなければならない」
テルセオの声が震えていた。
それが、私の怒りの引き金となった。ハズキの言葉を聞いて、彼を取り戻せると喜んだ私とは大違いだ。
「そうよね。私の名誉よりも、あの女の名誉を優先したいのだもの。今さらだわ」
この期に及んでも、まだ、あの女を優先するのが腹立たしい。
「エマ、落ち着いて。 アンダクス卿、これが男爵家の策略だったとしても、君はエマを捨てて男爵令嬢を取るのかい?」
「策略?」
「そうだよ。君は少しもおかしいと思わなかったのかい?」
「………」
テルセオは、黙り込んだ。何か、思い当たる所があるのだろうか……。
そのやり取りを見ていた私は、怒りに身体が震えた。 なぜ、まだあの女を気遣うのか。 なぜ、私と結婚できる方法を模索してくれないのか?
私の剣帯を未練たらしく、身に付けているくせに!
私は、怒りに任せて立ち上がった。
「もうたくさんだわ。私に婚約破棄という不名誉を押し付けて、他の女の名誉の為に、ホイホイ婚約するような男、こちらから願い下げよ! どうせ、あの女の方が好きなんでしょ? その剣帯も、さっさと捨てなさいよ! みっともないのよっ!」
私は、ドアを蹴破る勢いで部屋を飛び出した。
「テルセオのバカ!」
捨て台詞を吐いたパブロが、慌ててエマの後を追った。
※※※
脱兎のごとく部屋を逃げ出したエマとその後を追うパブロを、笑いながら見送ったルシア妃とニオラオス公子は、再びテルセオを見据える。
「名誉とか、置いといて……君はエマをどう思う?」
「………」
長く、重苦しい沈黙が続く。
「―――エマと別れたくない」
絞り出すような声が、静寂を打ち破った。
「こんなはずじゃ、こんなはずじゃなかったんだ」
テルセオは頭を抱えた。 堰を切ったように涙がこぼれ落ちる。
そして、震える声で話し始めた―――
クルーズ男爵が「娘の名誉の為に責任を取って結婚しろ」と言い出したときは、気が触れたのかと思った。
しかしながら「おかしな噂が流れて、良い縁談が来なくなったら、どう責任を取ってくれるのか」と騒ぎたて、問い詰めてきた。
そして、最後にこう言った。『王都の物流を止めるぞ』と。
「それって、もはや脅迫だよね。上司……団長とかに相談しなかったの?」
「相談する時間もありませんでした。その場で決めなければならなくて……。もう、こうするしかないと腹をくくったのですが、どうにも諦められない。今さらですが、諦めたいなくない」
テルセオの頬を、涙がしとどに濡らす。
「そっか……」
そう言って、ニオラオス公子は立ち上がった。
「名誉には名誉で対抗しようか。 悪いけど、このまま君を拘束するよ。変な奴らに接触されても面倒だからね」
そう公国の騎士に命令すると、カツカツと足音を響かせ、ニオラオス公子は部屋を出ていった。




