失恋のその後
私は鏡の前に座り、パブロに髪を結ってもらった。 もちろん、ビーズの編み込みは欠かせない。
アリスが緑色のドレスの山から、オレンジのワンピースを選び出した。テオドロスは、それに合うアクセサリーを、これまた緑一色の棚から探し出した。
鏡に映る『新生エマ』は、赤みの強いマンダリンカラーのワンピースを着て、少し派手目の化粧を施していた。 強い女性に見えるだろうか。
『婚約破棄された、可哀想な令嬢』とは、言われたくない。
護衛を務めるパブロが好んで着る赤とのバランスも良いと思うのだが……
「よしっ」
意を決した私は、王宮の通行証を握りしめ、部屋の扉を開け放った。
※※※
アリスを伴いカツカツと足音を立て、通い慣れた王宮の城門を通り抜けるが、顔馴染みになったはずの門兵や警備兵が、どこかよそよそしい。 覚悟はしていたものの、少し寂しく感じた。
所長に通行証を返却した時も、やたら腫れ物に触るかのような態度で、心が折れそうだった。引き留める事も無かった。 どこか、私が悪者のようだ。
研究所を出て空を見上げると、どこまでも高く突き抜ける藍玉のような空だった。
一人大きく伸びをして、やり遂げた満足感を味わった。
「悪いけど、自業自得だと思うわ」
急に話しかけられ、驚き振り返るとハズキが腕を組み、睨むように私を見ていた。
まるで、人が変わってしまったような物言いに、戸惑いを感じた。
「意味がわからないわ」
「わからなくていいのよ。もう、貴女は隊長の婚約者じゃないのだから」
そして、彼女は嘲笑うように、こう言った。
「グロリア・クルーズは、貴女と違って、一途に隊長を思っていた。 それを応援する人がいても、おかしくないでしょ?」
その場に立ち竦む私の耳に、立ち去ったハズキの嘲笑が、いつまでも残った。
(―――仕組まれた?)
振り返ると、パブロが考え込むように腕を組んでいた。
※※※
急いでタウンハウスに戻った私は、父にハズキの話を伝えた。あの女の自作自演なら……再びテルセオを取り戻せる。そこに一縷の望みを見いだしていた。それなのに―――
「どんな理由があろうと、異性と一晩を過ごした事実は変わらない。もう、彼らの事は忘れなさい」
けんもほろろに突き放された。
父の執務室のドアの前で、脱け殻のように呆然と立ち尽くす。 結局のところ、テルセオを諦めきれないのだ。 彼を取り戻すチャンスだと思っていたのに……。取り返せる、そう思った。
自分の考えの浅はかさに、口の端が上がる。 そう、どんなに理由を探しても、理屈を捏ねくり回しても、事実は変わらない。
絶望感に支配されてるエマを、どうにかこうにか馬車に押し込んだパブロは、アリスとテオドロスが待つドレスメーカーへと急いだ。
※※※
高級感溢れるドレスメーカーの個室で、ゆったりとしたソファーに、エマは深く腰を降ろしていた。 目の前に並べられるきらびやかなドレスを、ただただ、ボンヤリと眺めている。
「お嬢様! せめて明日着るドレスだけでも、選んでください」
アリスの金切り声が、フロアに響いていた。
「―――どう思う?」
「男爵家に協力した人間が、相当数いるって事だね。騎士団も含めてだよね? 問題でしょ」
エマとアリスの邪魔にならない所で、パブロとテオドロスの二人は、ハズキの発言について話し合っていた。
この事件は、不可解な点が多すぎる。
何故、令嬢が一人で会場から離れた窪地に行ったのか。
何故、キッシンジャー卿はテルセオだけを現場に連れていったのか。
何故直ぐに、テルセオとクルーズ男爵令嬢がいた窪地付近の捜索をしなかったのか。
もし、これが集団で仕組まれていたとしたら……。 全て符合する。そうなると『王宮騎士団が腐敗している』ということになってしまう。エマの為に王族が調査する事は、まずない。
―――八方塞がりだ。
「どちらにしろ、僕達が訴えたところで、相手にしてもらえない」
「騎士団員が疑問に思ってくれたら、どうかな? たとえば、ルーカスとか」
「難しいと思うよ」
二人は黙り込む。どちらにしろ、他国の自分達が、王宮騎士団の腐敗を暴くことは出来ない。
「ねぇ、ニオラオスは? ルシア姉さんに相談してみようよ」
「兄さんなら、良い方法を思い付くかもしれない」
二人は、顔を見合わせて頷きあった。
そして、腑抜け状態のエマを尻目に、アリスは自分の一存で購入するドレスを次々と決めていった。
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