初恋は実らない
あの事件から数日が経ち、そろそろ領地に帰る令嬢が増える頃合いだった。
狩猟大会での出来事は、面白可笑しく伝わっていった。
『婚約者がいる王宮騎士団隊長の、一夜の火遊びの高い代償』だの『男爵令嬢、伯爵令嬢の眉目秀麗な婚約者を妖艶に奪い取る』だの、大衆新聞の見出しを賑わせていた。
アリスが懸命に隠そうとしてくれていたが、そういう話は何故か、意外と耳に入る。
窓から射し込む日射しは柔らかくなり、カーテンを揺らす風も秋めいてきた。
そう、確実に時は移ろいでいた。
エマは寝台に寝転びながら、テルセオの指環があった場所を眺めた。 そこは、うっすらと白くなっていて、確かにここに指環があった事を誇示していた。
(いつまでも、感傷に浸っていてもしかたがない)
―――それは、わかっている。でも、何を間違えてしまったのかがわからない。
頭をもたげると、サイドボードの山積みの手紙が目に入った。
差出人はパウラを始め、今シーズン親しくなったセシリア、サラ、アンヘラそれに、ルシア姉様だ。
皆、領地に戻る挨拶なのだろうか。 ルシア姉様にいたっては、今を逃すと次は何時会えるかわからない。
エマはペーパーナイフを探すが、どこにも見当たらない。 あちらこちらの引出しを開けてみるが、出てこない。
「クハハッ」
情けなくなり、笑えてきた。 また自傷するかと、ペーパーナイフを隠されたのだろう。
エマは寝台から起き上がり、呼び鈴を鳴らした。
※※※
目を腫らしたアリスに、手紙を全てを確認してもらうと、やはり領地に帰る前に会いたいという内容だった。
その全ての日程を調整してもらうようアリスに頼み、自分は研究所へ行く事にした。 そう、入館書を返却するためだ。
そして侍女に、出かける準備と父に護衛を一人頼みたいと伝言した。
「そうだわ、アリス。緑色のドレスは全て処分して。アクセサリーも全部。寄付でもいいから、出掛けている間に、私の目に触れないようにして。今後一切、緑色はいらないわ」
クローゼットの緑色の山を見ながら、そう吐き捨てた。
「ならさあ、僕がドレスを選んでもいい?」
陽気な声が聞こえてきた。
「パブロ!いたの?」
パブロの姿を視界に捉えたエマは、迷わず彼に飛び付いた。狩猟大会の途中から、いろいろありすぎてすっかり忘れていた。
「ひどいなぁ。ちゃんと僕の姫様の護衛に励んでいるのに」
カラカラ笑うパブロを見ていたら、急に気が抜けて、また泣けてきた。
「エマ……僕もいるんだけど……」
テオドロスだった。
「その……なんて言ったらいいのか……」
パブロが、小さく舌打ちをした。エマは、その言い方に腹が立ってきた。何も言ってほしくない。 何も言われたくない。
「―――寝取られた私が哀れ?」
「イヤ、そうじゃないよ。ただ、不運だったな、と思って。責任を取らないとならないなんて……」
「そんな簡単に言わないで。責任を取る羽目にあったテルセオは不運で、責任を取ってもらえるグロリア・クルーズは幸運なの? じゃあ、私は? 私は不運?私の責任は誰が取ってくれるの?」
押さえていた不満が爆発した。そうだ、誰も私の責任は取ってくれない。そんなの、ずるい。私の婚約破棄の責任も、誰かに取って欲しい。テルセオに責任を取って欲しい。
こんなに、こんなにもテルセオの事を愛しいと思っているのに!
―――エマはゆっくりと、テオドロスに近づいた。
「ねぇ、テオドロスは私の事を気に入っていたでしょ?」
「え?」
テオドロスがたじろぎ、一歩後ろに下がった。
「やめなよ、エマ」
パブロがエマの肩に手を置き、冷ややかに制止する。
しかし、エマはパブロを睨みつけ、いきなり自分のドレスの胸元を引き裂き、叫んだ。
「ねぇ、これで……こんな事で、結婚しないといけないのよ? おかしいでしょ? 何とか言ってよ!」
「ごめん、悪かった。ごめんよ、エマ」
テオドロスは、必死にエマを抱き止める。
「一晩一緒に過ごしたって、一晩って言ったって、たかが数時間じゃない。テルセオは、任務で助けただけなのに。なんで? なんでなの? 私の名誉は誰が守ってくれるのよ!」
エマは、テオドロスの胸元を叩きながら訴える。
「ねぇ、責任取って私と結婚してよ。ねぇ、名誉を守ってよ」
泣き叫ぶエマをしっかり抱き止めたまま、静かにテオドロスは話しかけた。
「結婚してもいいけど、本当にそれでいいの? エマは、本当にそれで幸せになれるの?」
エマは、テオドロスの胸元に額を押し付け、駄々っ子の様にイヤイヤをする。
「―――テルセオがいい」
「そうでしょ? ちゃんと自分の気持ちに決着を付けなさい。 それまで、一緒にいるから」
※※※
テオドロスの胸を借りて、さんざん泣いた。
アリスの手を借り鏡の前に立つと、泣き腫らし浮腫んだ顔で、コルセット丸出しのみっともない姿の令嬢が、そこに映っていた。
こんな姿をグロリア・クルーズに見せてはいけない。
「アリス、パブロ、テオドロス」
三人の名前を呼ぶと、三者三様に返事が返ってくる。
「私を王都一の令嬢に仕上げて。決して婚約者を取られた、哀れな令嬢とは言わせないわ。そして、今から王宮に乗り込むわよ」
エマは、決心した。 グロリア・クルーズにだけは、哀れに思われたくない。 あいつだけには、馬鹿にされたくない。
たとえ、テルセオを取られたとしても、私のプライドは奪われたくない。
―――エマは悔しいが、失恋を受け入れる事にした。受け入れる努力をする。
世の中には、自分の力ではどうしようもない事象がある。
初恋は実らない。って、どこかの恋愛小説で読んだ。
甘んじて、失恋を受け入れようじゃないか。 テルセオの事は、忘れられないけど、たぶん、ずっと大好きだけど、テルセオを困らせたくない。
※※※
ここに、エマの憂い初恋は、終幕を向かえたのだった。
まだ、終わらせません。
しばらく、更新お休みします。




