狩猟大会*十*誤算
レオナルドがゆっくりとサラに近づいてきた。
昨年まで、レオナルド王子は王女に獲物を捧げていた。
見ているこちらがドキドキする。エマは、思わず両方の手を組み合わせた。
「サラ……」
そう言って、レオナルドはサラの目前で跪く。
「これを、君に捧げる」
そう言うと、彼の後ろから、かなりの大きさの吊るされた男鹿が現れた。
感嘆の声と共に称賛の拍手が鳴り響く。
「これで、サラが婚約者って決まったようなものね」
エマ達は、コソコソと話し合っていた。
「私達のお見合い相手を捜してくれるっていう話は、有効かしら?」
アンヘラが不安そうにしていた。
「だって、どうみても私が一番出遅れてるわ」
「もう、シーズンが終わったようなものだから、有効にしてもらうわよ。そうじゃないと困るわ」
セシリアが文句を言っているが、ルーカスがセシリアの花輪を被ったではないか。 その事をアンヘラが指摘すると「あんなの、あいつの悪ふざけよ」と、相手にしていなかった。
※
「エマ」
「セシリア」
レオナルド王子とサラを祝福する拍手に混じって、私達を呼ぶ声が聞こえた。
テルセオとルーカスだった。
(あぁ…この歓声には、彼らも含まれていたのか)
とろけるような微笑みを湛えたテルセオが、エマに近付いてくる。
「エマ、やっと君に捧げる事ができる。とても、嬉しい」
テルセオがそう言うと、レオナルド王子と同等の大きさの吊るされた男鹿が現れた。
「本当は一番大きい鹿をプレゼントしたかったのだけど……殿下にね」
そう言って、彼はフワリと微笑んだ。 そしてエマの左手を取り、キラリと輝くアンダクス家の指環に唇を落とした。
悲鳴にも似た歓声が上がった。
彼は、エマの耳元に唇を寄せ囁いた。
「これで、僕たちの婚約も公表したようなもんでしょ」
彼は不敵に微笑んだ。
※
そんなエマ達を横目にルーカスは、セシリアに吊るした男鹿を見せつけていた。
「なによ」
セシリアが、怪訝な顔で睨み付けていた。
「なんだろ。この僕が君に獲物を捧げているんだよ? もうちょっと喜んでよ」
「あなたのそういう所が嫌いよ。私をからかってるんでしょ?」
セシリアは少しも絆されない。反対に警戒心でいっぱいになっていた。 シグナルが見えたとしたら、赤の点滅だ。
「ハァ……」
ため息をついたルーカスは、ズカズカとセシリアに近付き、身構えた彼女を両腕で抱きすくめた。
カチコチに固まったセシリアの耳元で、ルーカスは囁いた。
「絶対、お前を落としてやる」
『陽光の貴公子』にあるまじき表現だったが、セシリアは知っていた。 彼の本性は『真っ黒』だと。
テルセオと三人でいる時の彼は、ちっとも『陽光』ではなく『暗黒』だとよく言ってたものだ。
ルーカスに抱きすくめられたままのセシリアは、どうすればいいのかわからずに、動けないでいた。
※※※
王宮騎士団で人気の三人に、それぞれ想い人がいる。 それが明らかになった今、令嬢達は、次なる令息をターゲットに選び出す。
まだ、最後ではない。 今シーズンを締める夜会が、今夜、離宮で開かれる。
令嬢達は、最終決戦への準備をするため、それぞれ屋敷に戻り始めた。
エマはテルセオに連れられ、アンダクス家のテントへと向かっていた。
エマを見つめる彼は、例えようもない位、幸せそうに微笑んでいる。 そんな彼を見つめるエマも、身体の芯から幸福が溢れ出てくるような心地だった。
今シーズン最後の夜会に、二人一緒の馬車で向かえるようにと、侯爵夫人が侯爵家で準備できるようにと、アリスを待機させてくれていた。
先に屋敷に戻ろうか。と、エマとテルセオが話し合っていた、その時。
「アンダクス隊長!」
王宮騎士団の団員が、息も切れ切れに駆け寄って来た。
「ご令嬢が、一人、行方知れずになりました!」
とたん、テルセオの顔色が変わる。
十分な警備が敷かれている、この『王家の森』で、行方不明なんて、事件なんてあり得ない。あってはならない。
『何かが起こっている』そう、皆が感じた。
「私達は、先に屋敷に戻っているわ」
侯爵夫人がエマの肩に手を置いて、テルセオに急ぐようせかす。
「テルセオ!行くぞ!」
ルーカスも馬で駆けつけ、彼を急かす。 テルセオも急ぎ馬上の人となり、エマに声をかける。
「エマ!身の回りに気をつけて。母上、頼みました」
そう、言い残してルーカスと駆けていった。
エマと侯爵家の人々は、彼が駆けていく後ろ姿をただ、ただ見送るしか出来なかった。
※※※
きらびやかなランタンで照らされた離宮の中庭と、飾り立てられた令嬢のドレスで、今シーズン締めくくりに相応しい、華やかな夜会が執り行われている。
そんな絢爛たる中庭の片隅に、沈んだ表情の令嬢が数人、ガゼボを占領していた。エマ達だった。
テルセオを始め、ルーカス、レオナルド王子達、王宮騎士団総出で、行方不明の令嬢を捜している。
陽もとうに沈み、辺りは暗闇に包まれている。
なぜ、行方不明なのか。 誘拐なのか? 魔獣に襲われたのか? 事件なのか? 事故なのか?
あちらこちらに警備の為に騎士が立っていたのに、巡回していたのに、令嬢がいなくなるなんて、異常でしかない。
エマに届けられた手紙に関係あるのだろうか? 不安だけが募る。
―――何もわからないことが、こんなにも不安だとは知らなかった。 何か情報が欲しい。
でも、本当に知りたいのは、愛しいテルセオが無事なのか。 ただ、それだけ。
こんな時に、そんな自分勝手な心配をしている自分に嫌気がさす。
「……殿下が無事かどうか。それしか考えられない私は、王子妃失格かしら」
サラが、シクシクと泣き出した。
「大丈夫。 私もテルセオの事しか考えられないもの」
エマも、不安に押し潰されそうだった。
そんな中「令嬢が見つかった」と騎士団員が離宮に駆け込んで来た。
皆、安堵のため息をついた。そして、歓声と拍手喝采の嵐が巻き起こる。
エマ達も、肩を抱き合って喜んだ。
しかし、次の一言でエマは凍りついた。
「アンダクス隊長とグロリア・クルーズが、まだ、戻ってきません!」
15時




