所長との出会い
ベトベニア伯爵令嬢として、父や祖父の関係者に紹介された晩餐会は、大成功に終わった。と、思いたい。
父や祖父も満足げにしていたので、たぶん、大丈夫だろう。
今日は、従姉のパウラのタウンハウス、サラマス伯爵邸での舞踏会だ。 でも、その前に……
「アリス。王立図書館に行きたいのだけど」
晩餐会で父に、王立図書館司書の方を紹介され、いつでも入館できるようにしておく。と、言われたのだ。 そして、図書館に入る許可証を預かった。
馬車の手配をしに、部屋を出た侍女を見送った後、エマは、アリスの手にかかり、出掛ける準備をするのだった。
※※※
王立図書館の蔵書の量に圧倒されながら、目指していた薬草の棚にたどり着いた。 この中から、回復魔法に関する書物を探し出すのは、骨が折れるだろう。
書架に貼られた種別を頼りに、目的の本を探すのだが、興味深い題名の本に寄り道してしまい、なかなかたどり着けない。
本を出したり入れたり、梯子に昇ったりしているうちに、何を探していたのか、わからなくなる。
気を取り直して、また、本を探し始める。
「回復……回復……」
呪文を唱えるように、本の背表紙を見ながら指を動かす。
コツン
本だけを見て横に移動していたので、誰かにぶつかってしまった。
「申し訳ありません。見ていませんでした」
咄嗟に謝ったのだが、相手は驚いた顔をして、私を凝視している。
「ご令嬢が、こんな専門書の棚にいるなんて……」
―――そんなに珍しい事なのだろうか?
「ねぇ、何を探しているの? 君は何者?」
白衣を着たオレンジ色の髪色の彼女が、興味津々に尋ねてくる。
「初めまして、ベトベニア伯の娘、エマと言います。回復魔法に関する薬草を調べたくて、探していました」
「何? 回復薬作れるの? 本当に?ちょっと来てくれる?」
驚く間も無く、オレンジの彼女に引きずられる様に図書館を出た。 出口近くに待機していたアリスが、慌てて付いてくる。
「お嬢様?どちらへ?」
「わからないわ、ちょっと来てって言われて、この状態よ」
すれ違う王宮の役人らしき人々が、頭を下げているので、このオレンジの彼女は、それなりの立場の方なのかもしれない。
そして、たどり着いた所は、あの王立研究所だった。
「所長!誰を連れてきてるんですか!」
職員の注目を一斉に浴びて、驚いた。 それよりも、高度な薬草学の学べる研究所に私はいる。その事に興奮している。
「この子、回復薬が作れるらしいのよ。手伝ってもらいましょうよ」
所長と呼ばれたオレンジ色の髪色の彼女は、私をある一画に案内した。
大きな竈があり、かごの中には様々な薬草が入っていた。
「騎士団が遠征に出るのに、回復薬が足りなくて困っているのよ。手伝ってもらえないかしら?」
「私で良ければ……」
と言って、薬草を手に取る。 馴染みのある薬草ばかりなので、なんとかなりそうだ。
※※※
「―――あの、出来上がりましたけど、いかがでしょうか?」
おずおずと、所長と呼ばれていた彼女に声をかける。
回復薬は、作成者によって少しだけ効能が変わってくる。 今までボツになった事はないので、大丈夫だとは思うが、研究所のレベルに達しているだろうか……。
しばらく鍋を見ていた所長だったが、感嘆の声を上げた。
「すごいじゃない。効果も申し分ないわ。とても良い出来上がりだわ」
合格をもらえて、とても嬉しくなる。
「ねぇ、明日もまた、来てくれるかしら? 仮だけど、これ、通行証。 渡しておくわ」
所長は、私の返事を聞くことなく、何処かへ出掛けていってしまった。
見かねた職員が、申し訳なさそうに「時間のある時、いつでもいいので、回復薬を作りに来て欲しいのだけど、どうかしら?」と尋ねてきた。
聞けば、私のデビュタントの日が、騎士団の遠征出発日だそうで、後、一週間もない。
アリスに相談してみると、今日の夜会が終われば、後はドレスの試着くらいなので、半日位は時間を作れるのではないか。との事だった。
また、明日来る約束をして、私達は帰路についた。
※※※
親族のサラマス伯爵邸で行われた夜会で、一族に近しい貴族の中の、一緒にデビュタントを迎える令嬢や、従姉のパウラの友人達を紹介され、社交の入口に立った気分だった。
パウラからは、お茶会に一緒に参加することを約束させられたり、紹介された令息達と踊り、令嬢達と楽しくおしゃべりをして、王都の流行りも教えてもらった。
まだまだ、家名のお蔭で親切にしてもらえているのだろうから、ここからしっかり友人に繋げていかなければ。と、一人気を引き締めるのだった。