狩猟大会*三*記憶のフタ
パブロは、素知らぬ顔でエマをテオドロスに紹介していた。
顔を何度もチラチラ見てくるので、さすがにバレただろう。と思ったエマだったが……。
「何処かで、お会いしましたか?」
真面目な顔で聞いてくる。
「ねぇ……僕の愛しい人なんだけど」
口を尖らせながら、エマの肩を抱く。
「いや……そう……なんだけどさぁ……」
不思議がるテオドロスに手を振り、パブロとその場を離れた。
「楽しいね!」
エマはノリノリだった。次は誰を騙そうか……。
「あっ、レオナルド殿下がいるよ。行ってみようか」
パブロの視線を追うと、レオナルド王子と護衛中のテルセオとルーカスが見えた。
「少し、緊張するわね」
「テオドロスが気付かなかったから……テルセオも気付かないよ、きっと」
ノリノリで、パブロの腕を取り、レオナルド王子に挨拶するための列に並ぶ。
「やぁ、レオナルド殿下。 今日は、僕の愛しい人を紹介しに来たよ」
エマは、無言でカーテシーをする。
「お前は相変わらず失礼なヤツだな」
レオナルドは呆れたように、パブロを見つめながら
「お前が、エマ以外の令嬢といるのは不思議なもんだな」
テルセオもルーカスも一度視線を寄越しただけで、直ぐに正面に視線を戻す。 さすが、仕事中といったところか。
「で?」
「何?」
レオナルド王子は、エマを顎で指し示す。
「やだなぁ。紹介しないよ、秘密。じゃあね」
そう言いながら、エマを隠すようにしてその場から離れた。
二人は笑いながら中庭へと、通路を通り抜ける。 こんなに笑ったのは、いつ以来だろう。
人気の少なくなった街灯の下にたどり着くと、懐かしい音楽が聞こえた。
「この曲、懐かしいわ……」
鼻歌交じりに調子を取るエマを、驚いたように見ていたパブロが、「踊ろうか?」と誘う。
「でも……」
スリットが深くて、少し恥ずかしい。
躊躇するエマの手を取ったパブロは、クルクル回し始めた。
「大丈夫だよ、ほら、見て。それに、裾の色が混ざって綺麗でしょ?」
「あら……本当だわ……」
自分で感じていた程、スリットは深くはないようだった。
「僕の姫様、一曲いいかな?」
差し出された手を取りながら、「せっかくなら、ホールへ行きましょうよ」
イタズラ心とパブロとちゃんと踊りたい好奇心が、羞恥心を上回った。
ホールでは、ちょうど曲の終わりをむかえていたが、続いて流れて来た曲も、思い出の曲だった。
パブロの手を取り踊り始めた。 クルクルと回る度に、二人の衣装の色が混ざり合い、複雑な色味を見せる。
髪に編み込んだビーズも、シャラシャラと心地よい音と共に、複雑に動き合う。
とても楽しいのだが、同時に何故か、言い様の無い寂しさと懐かしさが、込み上げて来ていた。
(なぜかしら?)
「ねぇ、パブロ」
「ん?」
彼の漆黒の瞳がエマを捉え、とたん、細く柔らかくなる。
「私、前にパブロと踊った事ある?」
カハッと嬉しそうに笑ってパブロは「教えない」と言って、エマを抱き上げた。
※※※
曲が終わり、飲み物を取りにカウンターへと、二人で向かっていると、無表情のテルセオが近づいてきた。
「なぜ、エマといる」
エマは思わず、グラスを落としそうになった。
「なぜって……僕、エマの護衛。なんだ、バレちゃったか」
(なんで、バレたのだろうか……)
エマは、グラスに口を付けながら、ジィーッと無言で、テルセオの顔を見つめる。 テルセオも負けじと?エマの顔を見てくる。
「エマ……抱きしめたい……」
時間が止まった……かと思った。急に何を言い出すのだろうか。
「ダメだよ。今、エマはエマじゃないんだから。僕の愛しい人って、紹介してるんだから。我慢して」
パブロが、エマの肩を抱き寄せた。テルセオの眉間に皺が寄る。
「ほらほら、警護に戻って。 エマに浮気を疑われちゃうよ?」
パブロが視線を外す。 その方向にテルセオが視線を向けると、ヒソヒソ声が止まった。
「はい。挨拶ありがとう」
パブロが差し出した手を、乱暴に握った彼は、警護に戻っていった。
※※※
「エマ、この後少し付き合ってくれる?」
パブロにそう言われ、離宮を後にした。
パブロの前に乗り、馬で駆けている。行き先は聞いていない。 彼は無言で街灯に照らされ石畳を、ひたすら駆けていた。
流れる街灯の明かり、リズミカルに鳴っている編み込んだビーズの音、駆ける蹄の音。
背中に感じるパブロの温もりと息づかい、心音……。
(何か、忘れている。それも、大切な事)
少し振り返り見上げると、彼の顎のラインが目に入る。 そう……パブロと馬に乗るのは『初めてではない』
エマは、パブロの腰に回していた腕に力を入れた。
目を閉じ、集中した。 蹄の音……パブロの息づかい……流れる木々……恐怖……。
「お母様……」
そうだ。母の記憶だ。それも、幼い時ではない。
目を開け、再びパブロを見上げると、漆黒の瞳が煌めいていた。
「大丈夫?」
優しく声が降ってくる。 あの時は、なんと言っていたかしら……。そう……。
「違うわ、パブロ。大丈夫だよ。でしょ?」




