狩猟大会~序章~
王家主宰の狩猟大会の招待状が、カルトダールの貴族に送られた始めた。狩猟大会は、前夜祭を含め、王家の森で三日間行われる。
王家の森の付近は、貴族の避暑地でも有名で、数多の貴族の別荘がある。 また、王家の離宮も開放され、隣国からの賓客も滞在する。
そして、狩猟大会後に行われる、やはり王家主宰の夜会をもって、社交シーズンは幕を下ろす。
なので、貴族令嬢は、狩猟大会前に開かれる夜会も含め半月近く、王家の森付近に滞在する事になる。
エマに届けられた怪しい手紙の事件以降、彼女達の回りに、おかしな出来事は起こらなかった。
レオナルド王子が手を回したのか、護衛達の力量か……そこは、触れない。
しかしながら、王子妃候補である彼女達の事は、まだ、公表されてはいなかったが、噂として廻っていた。
そのため、他の貴族令嬢達と警備の面で、違う待遇を行っても苦情は出ないようだった。
何も言われないのをいいことに、レオナルド王子を始め、各候補の家は、警備を厳重に行っていた。
エマとパウラはカルタシア侯爵家の別荘に、サラ、アンヘラ、セシリアは離宮へと入る事となっている。
カルタシア家にはグレタ騎士団が在中し、離宮には各伯爵家の護衛の他に、王宮騎士団から、テルセオ、ルーカス、そして同じく王宮騎士団に所属しているサラの兄と他数名が、交代で警備に当たる事になっていた。
※※※
エマ達は、前夜祭で着るドレスをお揃いにする事を計画した。 それも、サラの希望で『紫』に。
「一人だけ紫にするには、まだ勇気が出ない。でも、殿下に気持ちは伝えたい」
そんな可愛らしい事を言われたら、協力したくなってしまう。
そこで、微妙に色を違える事にして、サラは殿下の瞳『紫水晶』。
エマは『ラベンダー』、パウラは『マルベリー』、セシリアは『ロイヤル・パープル』、アンヘラは『ライラック』となった。
セシリアの屋敷で、ドレスメーカーを呼びドレスを仕立てていく。それと平行して、パートナーに贈る花輪も作っていた。
また、急なレオナルド王子のお茶会や、各々でドレスを新調したりと忙しい日々を過ごしていた。
エマも、テルセオと揃いの乗馬服が欲しくて、初めて父親にねだった。
パブロに「こっそり調べて欲しい」と頼んだのだが、「そういうのは、ちゃんとオネダリしなさい。喜ぶから」とけしかけられた。
アンダクス家を訪問し、彼の母親に「揃いの乗馬服が欲しいから、お店を教えて欲しい」と頼み込むと、後日、待ち合わせをした洋服店にテルセオもいて、二人で揃いの乗馬服を新調した。
テルセオのエメラルドと、サラのアクアマリンの色味を使った、白基調の乗馬服を仕立てた。
仲睦まじく話し合っている姿を、彼の母親は、目を細めて見つめていた。
※※※
いよいよ明日から狩猟大会のため、『王家の森』に向かう。
その前に一度研究所に顔を出そうと、エマはパブロと共に登城していた。
光沢のある色とりどりの絹を、美しく組み合わせた異国風の装いのパブロは、エキゾチックな顔立ちを含め、かなり人目を引いていた。
いつものように、ハズキと基地の医務室で在庫整理や治療を担当していた。 そして、気付いた。 ハズキとピンク頭の彼、レジー・キッシンジャー伯爵子息が仲良くなっていた。 彼の腰には、あの組紐がのぞいている。
「狩猟大会で、詳しく聞かせてよ?」
エマは、ハズキをこつきながら、ピンク頭の彼を見た。 恥ずかしそうにしているハズキが、本当に可愛い。
パブロは、始めは大人しくしていたものの、我慢できなくなったのか、医務室の薬品や薬草を調べ始め、終いには「団長に会いに行く」と言って、出ていってしまう。
戻ってきた、と思えば「せっかくだから」と、騎士の鍛練に交じってしまう。
「パブロ、やるわね」
振り替えると、医務室の入口から、パウラが覗いていた。 聞けば、また、急遽レオナルド王子の昼食会に呼び出されているらしい。
「うちの護衛も、交じってしまったわ」
と、笑っている。
先程から聞こえる、この歓声はパウラの護衛の副団長と関係あるのだろうか。
仕事も一段落し、治癒の必要な騎士もいないことから、ハズキと基地の治癒士に断り、パウラと鍛練を覗きに行った。
すると、セシリアとアンヘラもいる。
「もしかして、貴方達も?」
と聞くと、彼女達は訓練場を指差した。 どうやら、彼女達の護衛も混ざっているらしい。
他の騎士達と手合わせする機会は、貴重なのだろうか。
そのうち、護衛達の総当たり戦が、始まったようだ。
ミーニャ家の護衛も、パラモ家の護衛も家を代表して令嬢の護衛に付いているだけあって、なかなか勝負がつかない。
国内最強と言われるグレタ騎士団の副団長は、負けるわけにはいかないだろう。
ただ一人、パブロだけが飄々としている。 まるで、踊っているかのように剣を避けていく。
すべての対戦が引き分けに終わっていく。 そして、相手を変え、手合わせを始める。
エマ達も、自然と自分の護衛の応援に、力が入っていく。
いつのまにか、レオナルド王子の食事会の時間になっていたようだが、誰も気付かない。 というより、気にしていなかった。
―――いつまでたっても、食事会に顔を出さないエマ達を探しに来た、レオナルド王子とサラは、呆気に取られていた。
訓練場で自分の護衛に声援を上げる彼女達と、その手合わせに熱狂している騎士団の面々に……




