騒動の後……
手紙の封蝋には、しびれ薬の一種が混入していたと、レオナルド王子から伝えられた。
そのままでは、かすかに痺れを感じるだけなのだが、エマが作る薬品に混ざってしまうと一大事だ。
そもそも、薬を作る時には、細心の注意を払うので、薬品の混合は起こり得ないのだが、作業台に置いてなくて良かった。 問題が起きてからでは遅い。
―――という話を、王子妃候補の食事会でしていた。もちろん、サラ以外のエマ、パウラ、セシリア、アンヘラはダミーだ。
先日の賑やかなお茶会とは打って変わり、カトラリーが皿に触れあう音のみ響いていた。
「現状、何が目的でエマに手紙を送ったのか、わからないんだよねぇ。ねぇ、テルセオ」
「そうですね。手紙の内容も、他愛のない事でしたし」
レオナルド王子はテルセオと話ながら、チラチラとパウラを見ている。 正確には、彼女の後ろに立つ騎士をだ。
その騎士は、エマに怪しい手紙が届いた―――という下りから、レオナルド王子とテルセオに、厳しい視線を送っている。
「―――パウラ、その者は? 君の後ろに立っている……」
パウラは、チラリとレオナルド王子に視線を寄越しただけで、すましている。
「―――パウラ?」
「そうですね……」彼女は、口元をナフキンで丁寧に拭い、勿体振りながら口を開いた。
「エマを守れないこの王宮に、害を成すやもしれない者……でしょうか?」
ククッとセシリアも笑う。
「殿下……私、エマが襲われたって伺って、怖くて食事が喉を通りません……失礼してもよろしいかしら?」
そう言い捨てたセシリアは、優雅に席を立たち部屋を出て行った。
「―――私も」
アンヘラもナフキンをテーブルに置き、席を立つ。
エマもパウラに促されるように、テーブルを離れた。 テルセオの顔色を伺ってはみたが、何も感じ取れない。
廊下に出たエマ達は、アンヘラの言う「サラも怒っているから、必ず出てくるわ」という言葉を聞いて、少し離れた所で待っていた。
すると、派手な物音がした後、ドアからヒョッコリ現れた。
「やってやった?」
アンヘラが尋ねると
「当たり前じゃない」
サラは、ツンと顎を上げた。
※※※
レオナルド王子の目の前のテーブルには、ナイフが垂直に立っている。 刃先はしっかりとテーブルに食い込んでいる。
レオナルドの瞳は、起立したソレに釘付けだ。 テルセオは、素知らぬ顔で食事を続けている。
部屋に控えている護衛騎士は、笑いを噛み殺していた。
「王子妃候補とか言って、偉そうに私達を集めたくせに、なに? 友人が傷付いたら、許さない」
サラはそう言って、ナイフをテーブルに突き立てた。彼女の細腕の何処にそんな力が隠れているのか……
「ねぇ、今日はナイフから離れた方がいいかな……」
レオナルド王子は、昨夜よりナイフと縁があるようだった。
「さぁ、どうですかね? でも、エマに何かあったら色々な方面から叱咤されそうですね。 まだ、エギナ公爵兄弟、いますよね?」
―――そう言いながらも、テルセオは緊張していた。 アンダクス家の印璽を模倣された。これはどちらの案件なのだろうか。
あの案件で、テオドロスに相談するべきか、ずっと悩んでいた。 もし、あの案件なのだとしたら……、自分達の直ぐ近くまで、侵食している事となる。
心を決めたテルセオは、立ち上がった。テオドロスに会うために。
※※※
エマ達は、王宮が用意した馬車に乗り、カルタシア侯爵邸へ向かっていた。
今ならまだ、グレタ騎士団の面々が侯爵邸に残っているはずだから、エマの護衛を頼んでみよう。ということになったのだ。
ただ、パウラの護衛として残った副団長のディラン・グリフィス侯爵は、異論は唱えなかったが、苦笑いをしていた。
―――侯爵家の談話室を陣取ったパウラ達は、早速、祖父に相談していた。 たまたま、商談で来ていたパブロも同室していた。
「そうゆうことなら、僕がエマの護衛をするよ」
パブロが、エマの護衛を名乗り出た。
侯爵も、副団長のディランも「パブロなら安心だ」と言う。
エマもパウラも、商人のパブロしか知らないので不思議な気分だった。
「覚えてないんだろうけど、エマがカルタシア領にいるとき、僕がずっと護衛していたんだよ?」
パブロが、私達に毬莉花茶を入れてくれる。
「それにしても、何故エマにそんな手紙が送られたかよね……研究所に出入りしているからかしら?」
「ただの嫌がらせならいいけど、まだ私達が王子妃候補って発表されてないわよね」
「王宮に出入りしている令嬢から噂が回ったのかしら?」
―――封蝋にテルセオの家の印璽が模倣されていた事は、公表されない。 王子妃候補を狙った犯行、という事にされているようだ。
「なんだか、私のせいで、ごめんねエマ……」
サラが、しんみりとした顔で謝ってくる。
「そんな事ないよ。パブロもいるし安心して。狩猟大会を楽しもうよ」
そうだ。そもそも、狩猟大会の騎射に参加するために集まったのではないか。
「そうよ。サラは悪くないわ。全部、レオナルドがだらしないのがいけないのよ。私達は騎射を楽しむ為に集まったんだから」
アンヘラの励ましに、にこやかに微笑むサラだったが、小さく呟いた。
「―――だらしなくは……ないわ」と。
8時




