テルセオの微笑み
タウンハウス在中の侍女アリスと共に、馬車で街に出た。
日常使いのドレスを幾つか見繕ってくるようにと、領主館の侍女長に言われているというので、まずはドレスメーカーに寄ることにした。
「まぁ、イリス様にそっくりですこと」
母の行きつけだったと言うその店で、オーナーは涙ぐみながら、手を握ってきた。
彼女が言うには、母から、娘にこんなドレスを着させたい。と、常々言われていたそうで、良ければ任せて欲しい。と、提案された。
母の希望を叶えてみたいという好奇心に駆られ、お願いしてみることにした。
王都で人気のデザイナーなので、間違いないはずです。と言う、アリスの言葉にも背中を押された。
後日、屋敷で仮縫いをする予定にして、店を後にした。 どんなドレスがくるのか、当日のお楽しみだ。
帰り際、背中が大胆に開いているエンパイアドレスに目が止まった。
レースがふんだんに使われた、胸回りのデザインが気に入った。 肩口が、ヒラヒラしていて可愛い。
だが、舞踏会には少し地味だろうか……。
※※※
その後、幼い私を連れて通っていたという、カフェに寄ったりと、母との想い出の場所を巡ってみたが、何一つ思い出す事が出来なかった。
アリスの提案で、最近、王都で人気だと言うパティスリーに寄って見よう。ということになり、彼女と他愛もない話をしながら、石畳の上を歩いていた。
すると、前方に人だかりが見え始め、令嬢達の賑やかな声が聞こえた。
「並ぶほど人気なのね」
「いえ、まだ店までは少しあります。 さすがに、あそこから並ぶ事は無いと……あぁ、騎士団の制服が見えますね……」
テルセオも、あの制服を着ているのかしら?と思いながら、だんだんと集団に近づいていくと、見知った顔が見えた。 いや、正確にはあんな顔をしている彼は、見たことがない。
思わずアリスの手を握った。
「お嬢様?」
「婚約者がいるわ」
それなら、挨拶をした方がいいですね。と、アリスが集団に近付こうとするのを、腕を引いて止める。
「他の道を通りましょう」
「遠回りになりますよ?」
「なら、今日はもう帰りましょう」
会いたくない。 胸がドキドキしている。 こんな顔を見られたくない。 悔しい。
そう、私は悔しい。 カッコいいと思ってしまった。 確かに、今までもカッコいいとは自覚していた。
でも、あんなに柔らかく微笑む彼に、惚れない令嬢はいないだろう。 とにかく、素敵だった。
そして、私には向けられない表情。 見てはいけない表情。 好きになってはいけないのだ。これから、婚約破棄されるのだろうから……。
※※※
逃げるように屋敷に戻ったエマは、私室のソファーで一息ついている。
アリスが専属侍女になったようで、引き続き世話を焼いてくれていた。
母が好きだったという、ミルクティを飲みながら思い出した。
「紅茶屋に行ってないわ……、それに、薬草園にも……」
「お嬢様、一日でそんなに回れませんよ。まだまだ王都に居るんですから、大丈夫ですよ」
アリスが笑いながら、晩餐会の為のドレスを幾つか出してきた。
「それにしても、テルセオ様は人気がありますね。騎士団の人気ナンバースリーには、入りますよ」
「彼以上がいるの?」
驚いた。テルセオの微笑み以上の美形がいるのだろうか? ちょっと、覗いて見たい気もする。
「一人は、第二王子で、もう一人は、テルセオ様の両極と言われている陽光の貴公子、ルーカス様ですね」
「ルーカス……」
ルーカス・バテット・スンベオン侯爵子息。 祖父のカルタシア家や、テルセオのアンダクス家と並んで辺境を守る武家だ。
彼とも婚約の話が上がったと記憶していたが、結果、アンダクス侯爵家と縁を結んだ。
「今日は、このドレスにしましょう」
アリスが手に取ったのは、ミルクティ色の可愛らしい色合いだが、少し大人しい雰囲気のドレスだった。
「私の御披露目だから、派手な方が良いんじゃないの?」
と、深紅のフラワードレスを指差した。
「お嬢様、これ、見てください」
アリスは、仰々しい仕草で、木箱を持ち近寄ってくる。 ゆっくりと開けられた木箱の中には、大粒のアクアマリンをメインにオレンジサファイアが散りばめられたネックレスが入っていた。
対になったイヤリングやブレスレットもある。
「これを、目立たせたいんです」
アリスの意気込みが伝わってきた。
「お嬢様の品の良さを全面に出したいので、ごてごて着飾るよりは、質の良さで勝負したいんです」
―――質の良さって……思わず、顔がほころぶ。
「まぁ、派手なのは苦手だから丁度いいけど、私に着こなせるのかしら?」
「大丈夫です。 私達にお任せ下さい」
何か合図でもあったのか、隣室から侍女達が入室してくる。 領主館の侍女達もいた。
それから、あれよあれよという間に、磨き上げられ、社交デビューの前哨戦が始まる。