告白・二
エマは、心臓の早鐘と羞恥心に耐えながら、何度か聞き直したりして、テルセオの言いたいことを理解した。
レオナルド王子の命で、内密で調査をしている案件があるのだが、あの『女性騎士』が関わっている。
今後、エマに取って不愉快な言動や噂が耳に入るかも知れないが、僕を信用してほしい。
確かに、失礼な内容だった。
あの『女性騎士』と親密な関係……もとい、親しくしなければならない。なんて。
首筋に感じるテルセオの吐息と、背中をためらいがちに触れる指先……。
「もしかして、私を騙そうとしているの?」
「なっ、なんで?」
テルセオが驚いて、エマの顔を覗き込む。
「貴方の色気で、誤魔化そうとしてる?」
「違うよ。僕だってエマに嫌われたくない一心で……怖いから、エマに触れていたいんだ」
「ほら」と言って彼はエマの手を取り、自分の胸に押し当てた。エマの手のひらは、彼の鼓動を感じていた。 かなり早い。
「わかってくれた?」
「―――わかったけど、わかりたくないわ。親しい関係って、どれくらい?彼女にどこまで触れるの?」
エマは、テルセオの手を取り、自分の頬や腰、背中に回した。
「………」
テルセオは答えない。それが、返事だったように思う。
「嫌よ、いやっ!」
テルセオの身体を突き放す。
あの女が、テルセオにまとわりついている姿を想像するだけで、吐き気がする。嫌悪感が込み上げる。
「―――仕事なのよね」
「あぁ……」
「貴方の、その……そうゆう内容の仕事があることは、お祖父様や父は知っているの?」
「重要機関に所属していれば……」
「つまり、知らないって事ね……」
ハァ……。一つ大きくため息をつく。 今更、テルセオを手離せない。もう、離れられない。 少し前なら、悩むことなく婚約破棄してた。確実に……。
「エマ……?」
彼の声が震えている。
テルセオがどうしようもなく自分を愛しているのは、十分にわかっているつもりだ。
これが、彼の演技だとしたら、お手上げだ。一生騙されよう。
それ以上に、私が彼から離れたくない。
「やっぱり、私、貴方が好きだわ……」
エマは、テルセオの頬を両手で包む。彼の翠玉の瞳を覗き込み、そこに映る自分を見つける。
(泣きそうな顔……)
「どうしようもなく、貴方を好きになってしまったようだわ……」
テルセオの両手がエマの両手を包む。
「……キスしても?」
「許可制なの?」
フフッと笑うエマの顎を、テルセオの形良い指が掬い上げる。
―――触れあうだけのキスをした。
おもむろにベンチから立ち上がり、テルセオは地面に膝をついた。
「―――エマ」
彼は、エマの左手を取りテオドロス色の手袋を外す。そして、彼女の手の甲を、自分の額につけ、懇願する。
「エマ、僕と結婚して欲しい」
エマは、目の前に跪くテルセオを見下ろす。 この王都で、この美丈夫を跪かせられるのは、私だけなのだろうか。
優越感が込み上げる。 あの女に彼は跪かない。
―――そう確信した。
「はい」
破顔一笑した彼は、自分の指から指環を外し、エマの左手薬指にはめる。
魔法がかかっている指環らしく、エマの指に合わせて大きさが変わった。
頭上に手の甲を掲げたエマは、何か古代文字が書かれた指環を眺める。
「僕の家に代々伝わる指環なんだ」
エマの隣に腰かけながら、彼は満足そうに、そう教えてくれた。
「一つお願いがあるのだけど……聞いてくれる?」
「僕に出来る事なら」
テルセオは、ニコニコと笑っている。
「私以外の女性の唇に触れないで、そして、跪かないで」
「了解……」
そう言いながら、テルセオの手がエマの頬を包み、彼の顔が近付いてきた。
「いたっ」
テルセオが、小さく声をあげる。 エマが彼の親指に噛みついたのだ。
「王宮騎士団の隊長に、噛みつけるのは、私だけよね?」
テルセオは、歯形が付いた自分の親指を見つめて、クスクス笑っている。
「やることが、いちいち可愛い」
そう言って、再びエマの頬に手を当てる。
「もう、噛まないでよ」
「もう、許可取らないでよ」
そう笑い合いながら、口付けを交わす。 段々と深くなる口付けに、思考が飛びそうになるエマだったが、彼女は、まだ知らなかった。
テルセオの告白の本当の意味を。
※※※
ホールに戻ったエマとテルセオは、侯爵夫妻と伯爵に婚姻の意思を、左手の指環と共に伝えた。
カルタシア侯爵は、アンダクス侯爵邸に早馬を出し、明日、訪問したい旨を伝えた。 すると、直ぐに早馬で帰って来て、『明日の夕刻、お待ちしています』とあった。
この返信の速さからもわかるように、アンダクス侯爵家もエマとテルセオの婚姻に、気を揉んでいたのだろう。
―――そして、カルタシア侯爵邸の夜会は、お開きとなった。
22時




