悪巧み
―――夕食後に時は移る。
見上げれば一面は星空が眺められる屋敷のテラスで、簡単な室内着に着替えたエマ達は、カウチに寝転びながら、ヴァーレでの最後の夜を楽しんでいた。
途中、レオナルド殿下とテルセオが来訪したりと、驚きはあったが、当初の目的である『騎射の練習』は、しっかり出来た。
エマは、一人ニヤニヤしていた。
テルセオに抱きすくめられた時の、爽やかな新緑の香を思い出しながら、彼の吐息がかかった首筋に手をやる。
「フフッ……」
変な笑い声が漏れた。ハッとして顔を上げると、生暖かい視線に気付いた。
「悩み事は解決したようね、エマ」
ニヤニヤしながら、クッションを抱えたセシリアが隣に寝転ぶ。
「妹に先を越されるなんて、焦るわぁ」
パウラが肘でつついてくる。
「サラが、良い仕事したわね。アンダクス卿に伝言を残すなんて」
「それなんだけど、伝言は残すつもりでいたのだけど、日程に悩んでいたら……。不思議なのよ、この日なら公務が無いから、テルセオは時間が取れるよって、殿下から手紙が来て。 まるで、私達の予定を知ってるみたいじゃない?」
サラは、不思議そうに星空を見上げていた。 つられて、皆、星空を見上げる。
「わからないわね……」
「わからないでしょ?」
「サラの領地にエマが来るってことを、知っていたわけよね?」
「エマ、テルセオに話したの?」
「遠征に出掛けた後だから、何も話してないわ。そもそも、騎射の話自体、彼が遠征に出た後だもの」
「不思議でしょ?」
「不思議よね……」
満天の星空を眺めていると、星が一つ流れた。
「ねぇ、殿下はサラの予定を知ってる……って事なんじゃない?」
セシリアがサラの顔を覗き込む。
「まさか……毎年、狩猟大会の前に領地に帰っているから、それでだと思うのだけど……」
サラは否定するが、そうとしか思えない。と、皆が
疑った。
「一つ確かめる方法があるんだけど……」
パウラが起き上がり、皆を見渡す。
「実は、遠戚の帰国に合わせて、カルタシア邸で内々の夜会を開くのだけど……」
パウラの提案は、こうだ。
テオドロスの帰国に合わせて開かれる内々の夜会に、サラを招待する。 でも、カルタシア家から公に招待状は送らない。
サラも信用できる侍女にだけ打ち明けて、夜会準備はパウラの屋敷で行う。
ただ、昼間にパウラの屋敷でお茶会を開く事にして、その招待状は、サラの家に届ける。
「お茶会から、そのまま夜会に参加してしまえばいいわよ」
パウラは、乗り気だった。
「私も、公開お見合いに一人じゃない方がいいし」
カルタシアやグレタ騎士団に関わりのある、年頃の貴族令息が、ことごとく参加する事になっているらしく、パウラはうんざりしている。
「もし、殿下がサラの予定を知っているなら、国内の有力貴族子息が集まる夜会で、サラを一人にしないでしょ」
「でも、そこで殿下が来たとしたら……」
セシリアがサラの顔を見つめる。
「サラは、レオナルド殿下の想い人?」
キャーと悲鳴をあげて、キャッキャと騒いでいた。 サラも顔を紅くしていた。
「そうと決まれば、明日、帰る前に伯爵様に面会の約束を入れてもらわないと」
パウラが立ち上がり、侍女に話をするためテラスから出ていった。
その後セシリアがエマに近付いてきて、「テルセオもやるわね」と言いながら、エマの首筋をツンとつついた。
ハッとするエマに、彼女は耳打ちする。
「侍女泣かせだわ」
そう言いながら、嬉しそうにクスクス笑っていた。
※※※
ヴァーレから城下に戻り、エマは、いつもの日常に戻った。 社交が無い時は、一日、研究所や基地の医務室にいるのは変わりないのだが……
テルセオが都合のつく時は、一緒に馬に乗り登城し、昼食を取り、一緒に馬に乗り帰り、途中、城下のカフェで、デートを楽しんでいた。
正直、ハズキにも侍女のアリスにも、あまりの変わり様に呆れられている。
そんな中、カルタシア家の夜会の日が近付いてきた。
エマの部屋には、テオドロスから贈られた『黄昏色』のエンパイアドレスがトルソーに飾られている。
初めて王都で入ったドレスメーカーで見た、あのドレスだった。
店の入口に飾られていて、一時、足を止めただけのドレスだったが、なぜ、テオドロスが知っているのだろうか……。 不思議だ。 サラも、こんな気持ちなのだろうか?
その上、見事にテオドロスの色に仕上がっている。 本当に、これを着てテオドロスのエスコートを受けても良いものなのだろうか?
父は、「テルセオには話が行っているから、気にしなくて良い」と言われてはいるが、気が重い。
それに、テルセオには招待がいっていない上、パウラから夜会の日時は口止めされている。
隠し事をしているみたいで、心がザワつく。
お昼のパウラ主宰のお茶会は、口止めはされていないのが、唯一の救いだ。
何か言われたら、『パウラのお茶会』で逃げ通す、と決めていた。




