俺のターン?
「で、エマはいつ頃から、僕を好きだった?」
テルセオは、エマの両手をしっかりと、両膝に押さえつけながら問いかける。
「―――いつ頃から……?」
思いだそうとテルセオの顔をジッと見つめる。 透き通る程の透明な白い肌、少し長めの前髪から除く、アーモンドアイの翠玉が妖しく揺れている。形良いスッとした鼻の下には、薄く色付いた薄めの唇、少し口端が上がっていた。
たぶん、初めて会った時から、この顔が好きだった。
「たぶん、最初から?」
軽くため息をついたテルセオは、言い直した。
「言い方が悪かったかな。僕を異性として意識したのは?」
「いまっ!今よ」
エマは仰け反る勢いで、即答した。翠玉が大きく見開かれ、カラカラと笑いだした。
「エマは、ほんと可愛い。 ねぇ、僕を困らせないで」
テルセオはまた、エマの首筋の髪をかき揚げ耳元で囁く。 冷たい指先の感触と、耳にかかる吐息に心がザワザワする。
「僕を手放したくないって思ったのは?」
テルセオの腕が背中に回り、優しく抱きすくめられる。その上、エマの首筋に、彼の顎が乗っかってきた。 爽やかな新緑の香がフワッと漂ってきた。とても安心する香だったが、もう、エマの思考はパニックだ。
「ねぇ……」
耳元で、吐息が急かす。
―――てっ、テルセオと離れたくないって思ったのは??? いつ???
「わっ、わからないわ!でも、貴方にエスコートされた、あの夜会で嫌な気分になって……家に帰って……、翌日だわ! そう、自分を刺した時よ。そうよ、きっとその時よ」
―――あの瞬間、確かに『愛されたい』と自覚した。
背中に回っている彼の腕に、力がこもった気がした。
「―――そうなんだ」
少し低い彼の声が身体に響き、耳にかかる吐息がくすぐったい。 納得してくれたのだろうか。
「そうよ……。愛されたいって思ったもの……」
エマは、おずおずとテルセオの背中に腕を回した。
「――エマ」
「―――はい?」
肩に乗っていた彼の顔が、正面に……近距離の正面にきた。 そして、ゆっくりと近付き、鼻先が触れる距離で止まる。 エマの心臓は、早鐘のようだ。
「―――口付けしたい……いい?」
(きょっ……許可を取るんだ……。そうなんだ。でも……)
エマは、微かに頷いた。 テルセオが、笑った気がした……。
※※※
「おーい! お二人さん! そろそろ、騎射の練習しよって、みんな言ってるよぉー」
いよいよ、今まさに、大人の階段を一歩登ろうと、脚を数ミリ上げた瞬間だった。
レオナルド殿下の呑気な声が響いた。
「グッウッッ……」
声にならない呻き声?を上げ、テルセオが名残惜しそうに、体を離す。 エマは、離れていく温もりに、寂しさを感じた。
「ねぇー! 聞こえてる? 騎射しよぉーよぉー」
再び、レオナルド王子の呑気な声が響いた。
「聞こえてますっ!」
テルセオは、声を張り上げ返答する。
エマは、彼の大声を初めて聞いた。 今日は、『テルセオの初めて』がたくさんあった。 少し、嬉しくなってきた。
二人並んで馬を走らせ、皆の待つ丘の上へと駆け上がる。 フツフツとエマの中に、テルセオへの想いが込み上げてきた。
「ねぇ」
声を掛けると、テルセオは直ぐに気付いて、エマを真っ直ぐに見つめてくれる。
「好きよ」
言わないといけないと思った。それも、今すぐに伝えないといけないと思った。
テルセオは、少し驚いた表情をしたものの
「僕は、エマを愛してるよ」
と、この上なく神秘的な微笑みを湛えながら、答えをくれた。
「この上なく、幸せだわ」
「まだまだ、これからだよ」
お互いに微笑みながら、駆け上がってくる二人を見て、レオナルド王子やパウラ達は、「何かあったな……」と勘繰るのでした。
※※※
ガゼボに移動したテルセオとレオナルド王子は、再び騎射の練習を始めたエマ達を眺めつつ、紅茶で喉を潤していた。
「で、首尾はどう?」
「その言い方、止めてもらっていいですか?」
レオナルド王子の問いかけに、テルセオは、ブスッとした顔で答える。
「エマ嬢は、騎射もなかなかだね。サラに引けをとらないんじゃない? 学園も通ってないんでしょ? 優秀だよね」
レオナルド王子は、感心しながらエマの動きを観察していた。
エマは、幼少期に母親を馬車の事故で亡くしてから、つい数年前までカルタシア領にいた。そこで、祖父にくっついて、グレタ騎士団に入り浸っていたのだ。
「じゃ、剣や魔法攻撃も行けるの?」
「魔獣討伐くらいなら、いけるはずです」
「へぇ……」
レオナルド王子のエマを見る目付きが変わった。善からぬ事を考えているやもしれない。
「伯爵令嬢です」
「知ってる」
「私の婚約者です」
「―――まだ、正式じゃないでしょ?」
ニヤリと笑うレオナルド王子に、テルセオは嫌な予感しかしない。
「婚姻しますよ。必ず。殿下でも、邪魔はさせません」
感情が読めない王族の微笑みを湛えたオナルド王子に、テルセオは不安を募らせるのだった。




