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いざ、王都へ

ベトベニア領から、馬車に揺られて十日程たち、ようやく王都にたどり着いた。

テルセオは、よくもまぁ、毎月私に会いに来たものだ。 往復で半月は掛かるではないか。


(あんな、不毛なお茶会の為に、よくやるわ)


車窓を眺めながら感心していると、城門を抜けた瞬間、急に外の雰囲気が変わった。

 広い石畳の両側に、街路樹が等間隔に並び、その奥には、活気ある様々な店舗が並ぶ。

 そして、人、人、人。 こんなにもたくさんの人がいるなんて。

 ベトベニアも港町で、それなりに賑わってはいたが、それの比ではない。


 川を渡るとまた景色が一転し、落ち着いた街並みが続く。 貴族の住宅街のようだ。

 そして、奥に見える丘の上に王宮があるらしい。 ここからは、そびえ立つ城壁と、幾つかの塔のみが見える。


 急に不安に襲われる。 ここで、上手に立ち回れるのか。 人脈を築けるのか。

 初めこそは、祖父のカルタシア侯爵や、隣国の王子、テオドロスの影響力で、それなりに相手にしてもらえるだろうが、その後は?


 でも、あの王宮の中に研究所がある。 うまく人脈を築ければ、研究生になる道があるかもしれない。


 エマは、期待と不安に胸を膨らませながら、産まれて初めてタウンハウスの門をくぐった。


 ※※※


 タウンハウスの門前には、ベトベニアにいた侍従達も出迎えに並んでいた。 馴染みの顔があるのは、とても安心する。

 前もって、カントリーハウスから侍従達が数名タウンハウスに入っていたのだ。


「長い間、任せっきりにしていて申し訳ないね」

父が、タウンハウスの家令に挨拶をしていた。

 ―――二人の話を聞いていると、私は幼い時に、母と共に三人で、王都で過ごしていた時期があるようだ。私には、まったく記憶がない。


「お嬢様も大きくなられて、イリス様に似てきました」

 母親の記憶もない。 私の最初の記憶は、雨の中の葬儀だ。 父と手を繋ぎ、黒いワンピースを着て、白いユリの花を一本持っていた。 ただ、それだけだった。


 父の私室に、母の肖像画が、まだ、飾ってあると言うので、見に行ってみる事にした。

 重厚な彫刻が施された、木製の手すりに見惚れながら、階段を昇っていく。 二階は吹き抜けになっていて、ホールを見渡せそうだ。


 父の私室は、何年も使用していないというのに、綺麗に清掃されていた。

 暖炉のマントルピースの上に、一枚の肖像画が飾ってある。 これが、母らしい。 抱かれている赤子は、私だろうか?


 ―――あぁ、そっくりだ。


 肖像画を見上げながら、鏡に映る自分と見比べる。 少し暗めのブラウンの髪に、アクアマリンの瞳。 母の方が、優しげな印象がある。


 しばらく母を見つめていると、温かい気持ちになってきた。

 珍しく父が、母の想い出話をし始めた。 今まで、母の話はしなかったのに。 家令も、ここでの私達の話を教えてくれる。 二人の話を聞きながら確信した。


 ―――わたしは、ちゃんと、愛されていた。


「申し訳ありません。話が長くなりましたね。お茶の用意が出来ているようです」


 別室に案内されると、マホガニーのテーブルにティーセットが用意されていた。 座り心地の良いソファーに腰を下ろすと、侍女により、タイミングよく香り高い紅茶が注がれ、甘い香りが鼻腔をくすぐる。

 そこに、ミルクを入れた後、なにやら木の棒でクルクルと回し出した。 すると、スパイシーな香りが漂い始めた。


「奥様のお好きだった紅茶です」

「懐かしいな……」

 

 普段は無口で無表情な父の頬が緩んでいく。 母との想い出がなに一つ思い浮かばない事が、残念に感じる。


「お父様だけ、ズルいわ……」


 思わず不満が口をついて出る。 しまった。と思ったが、もう、遅かった。

 驚いた顔をした父と家令と、交互に目が合う。


「私も、お母様との想い出が欲しいわ」


 困った顔をしている父を見かねてか、侍女が声を上げた。

「それなら……」

 と、先ほどの侍女、アリスというらしいが、彼女が生前、母がよく立ち寄った、城下の店を案内してくれると言う。 年齢的には私と大差無い彼女が、何故案内できるのだろう? と不思議に思っていると

「事ある毎に、奥様の想い出話を聞かされるので、大抵の事はわかると思います」


 なるほど、タウンハウスの使用人達は、母を大切に想い続けていてくれたのだ。 初めて会った彼女だが、とても身近に感じた。


「お願いしようかしら」

「お任せ下さい」


 明日、夜に晩餐会があるので、午前中に城下を散策することにした。

「せっかくだから、何か欲しいものがあれば注文しておきなさい」

 父は、優しげに微笑んだ。




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