テルセオのターン
ベンチに少し間を開けて、並んで腰掛けていたのだが、テルセオはズイッと距離を詰めてきた。
エマは、思わず身構える。 そんな、彼女の様子を見て、彼は柔らかく微笑んだ。
(私にも、その笑顔をしてくれるのね……)
―――いつだかテルセオが、城下で自分を取り囲む令嬢達に向けていた柔らかい笑顔……。ようやく、私にも向けてくれた。
「なぜ、笑うの?」
どんな心境の変化なのだろうか。 今まで、ソッポを向いていたのに。
「あの事があってから、自分に正直になる事にしたんだ。じゃないと、エマに気付いてもらえないから」
そう言いながら、彼はエマの下腹部に手を当てた。
少し恥ずかしいが、その場所は『自傷行為』で出来た傷のある場所だった。
エマは、彼の手に自分の手を重ねた。 テルセオの手の暖かみを、より傷に感じる。
「心配をかけたわ。ごめんなさい」
「いや……僕がハッキリした態度を取っていなかったのが悪いんだ。 好きなものは、好きってちゃんと言わないとね」
テルセオは、エマの前髪をかき揚げ、オデコに唇を落とした。 驚いたエマは、咄嗟に両手でオデコを隠した。
「はっ……花! お花も……毎日ありがとうございました」
「どういてしまして。でも、あの時、僕に婚約破棄してくださいって言うつもりだってんでしょ?」
オデコに当てたエマの両手を優しく外したテルセオは、その両手をそのまま、自分の口元に引き寄せてた。
エマの両手の乗馬手袋の上から、わざとらしく息をかけながら尋ねてきた。
「なんで?」
「だっ……だって、騙されたと思ったから……悔しくて」
テルセオは美しく並んだ歯で、エマの手袋を食み、ゆっくりと脱がしていく。 その様子が、とても艶かしくて、目が離せない。
「なんで、悔しいの?」
もう片方の手袋も、食みながら、上目使いで聞いてくる。 翠玉の瞳が、イタズラっぽく煌めいた。
「だって、私ばかりが好きなのかもって思って……」
「なんで?僕がエマの事、どんなに好きなのか……わからなかった?」
エマの、生身の手の甲に唇を付けてくる。 吐息がかかり、くすぐったい。
「だっ……だから、それは演技だと思ったから……」
「なんで?」
「わっ……私の名誉回復の為にっ……」
今度は、指一本一本に、丁寧に唇を寄せてきた。
「おかしいよね? その後だよね、エマを翠玉に染めたの……」
不意に、テルセオが指を口に含み、甘噛した。
「ヒッ!」
驚き、引っ込めようとした腕だったが、びくともしない。 しっかりと、テルセオに押さえられていた。彼は何食わぬ顔で、指を含んでいる。
「ねぇ……嫌いな子の指に……こんな事……出きると思う?」
指先に感じる彼の舌の暖かさ……舌の感触が……。エマの背中がザワザワする。
食い入るような視線を送るエマに、クスクス笑いながら、口元から指を遠ざけた。 それから、軽くエマの背中を抱き締め、耳元で囁く。
「僕がどれだけエマを好きか、わかってくれるよね?」
エマは、必死に頷いた。
「わかりました。十分です。もう、大丈夫です」
テルセオは、エマの頬に落ちる髪の毛を耳に掛けながら、そのまま耳元で囁く。
「じゃぁ、僕の部下の女性の事は?」
「何も無いって、わかりましたっ」
「―――良い子」
エマは、チリッと首筋に痛みを感じた。ハッとして、首もとに手をやると、テルセオに腕を取られる。
「覚えといて。僕、けっこう我慢してるって」
いったい何を言っているのか、さっぱり見当もつかないが、大人しく従った方が身のためだ。という事だけはわかった。
「わっ……わかったわ」
取り敢えず、言っておけ。と、思ったのが間違いだった。
「嘘つき」と言われ、頬に口付けられた。




