エマのターン
エマとテルセオは、騎射場のある小高い丘から、湖まで一気に馬で駆け降りていた。
初夏の日射しに煌めく、ハニーブロンドの髪を靡かせ、巧みに馬を操るテルセオの整った横顔を、エマは盗み見ていた。
(相変わらず、素敵だわね……)
見惚れていると、エメラルドの瞳に捕らわれる。
「あまり、よそ見をしていると、危ないよ?後でいくらでも見せて上げるから」
「みっ……見てないわ!」
慌てて形だけの否定をしてみるが、クツクツと彼は笑っている。
※※※
湖畔に馬を放し、木陰に作られたテラスまで、彼に手を引かれ、誘導される。まるで、勝手知ったるなにやら……だ。
彼は、ご丁寧にベンチにハンカチを敷いてくれた。
(テルセオは、ここが初めてではないのかしら?)
ニコニコしているテルセオを眺めていると、エマの疑問を感じ取ったようで、話始めた。
――レオナルド王子の剣の師匠が、前コエーリョ伯爵なのだとか。今は家督を譲り、騎士団も引退して、ここヴァーレにいるそうで、殿下の鍛練に付き合わされ、護衛として何度か訪れてた事があるそうだ。
それで、この辺りの地理感がある。と、教えてくれる。
ということは、サラの祖父にあたるわけで、レオナルド殿下とサラは、多少なりとも関わりがあるとおもうのだが、彼女はそんな事情を、おくびにも出さなかった。
実際サラは、レオナルド王子の婚約者候補に入っているのではないだろうか。
ムムッと考え込んでいると、テルセオの翠玉の瞳が覗き込む。
「僕たちの話をしよう。まずは、僕から」
テルセオは、徐に自己紹介をし始めた。
王宮騎士団の隊長を努めていること。同僚にレオナルド王子がいて、彼の隊と行動を共にすることが多い事。魔獣退治での遠征が多い事。得意な魔法は氷。
「王都にいるときは、鍛練をしているか書類仕事をしていて、時間のある時は、城下の見廻りもしているんだ」
そして、恥ずかしそうに付け加えた。
「―――実は、甘いものが好きで……エマとカフェを回りたいと思っている」
見廻りの時に、気になるカフェを幾つかチェックしているそうだ。
「ダメかな?」子犬の様に見つめられ、その可愛らしい仕草にエマの心臓はどうにかなりそうだ。
「甘い物は……お嫌だと思ってました」
―――怒って席を立ってしまった事があったではないか。忘れたとは言わせない。
「その……あの時は、本当に申し訳なく思っています……」
テルセオは素直に謝り、その理由を説明しはじめたのだが……。 『恥ずかしすぎて、逃げてしまった』と言うのだ。
「冗談でしょ? 供もいなくて一人残されて……、どれだけ惨めだったと思っているの? 散々な事も言われて……許せないわ」
エマは、当時の怒りが込み上げてきた。帰りの手段が無くて、お店から屋敷に連絡してもらったのだ。恥ずかしすぎて、泣きたくなったのに……。
「本当に申し訳なく思っている……」
「それに、あの女性騎士よ。婚約破棄はしないのですか?とか、隊長を解放してあげて下さい。とか言われたわ。何を話しているの?」
「話すもなにも……報告を受けるだけの間柄だ。個人的な話は、したことがない」
「そんなはずないわ。あきらめない。とまで、言われたのよ!」
「本当に、彼女とは仕事以外の話をしたことはないし、個人的な会話もないよ」
(嘘でしょ? 婚約破棄の件や、解放してあげてとか、こちらの事情を知っているかのようだったのに)
じぃーっとテルセオを見つめる。嘘を付いているようには見えない。
(婚約破棄するつもり……って、そんなに言い触らしていたかしら?)
自分の行動を省みれば、心当たりが無いでもなかった。
「わかったわ。貴方を信じるわ」
ここで仲違いをして、女性騎士の思惑通りになるのもシャクだった。
「じゃぁ、次はエマの番でいいかな?」
テルセオの瞳が、イタズラっぽく輝いた。




