ヴァーレ・三
しかし、彼の後ろの木立から、もう一人分の影が動いていた。
サラが、不思議そうに立ち上がり、テルセオの後方を見つめる。 それに気付いたテルセオが、何か伝えようとした時だった。
「―――殿下」
笑いを噛み殺したような表情で、しかしながら、耐えきれないのか、クックッと笑い声が漏れていた。
慌てて皆たちあがり、カーテシーを行う。パラパラと芝が落ちる。よく見れば、皆、身体中のあちらこちらに芝が付いていた。
「いいよ、楽にして。付いてきて良かった。良いものが見れたよ」
カルトダール王国、レオナルド第二王子。 テルセオと同じ軽装をしていても、優雅な身のこなしが王族だと物語っている。
聞けば、サラが前もってテルセオに伝言を残していたそうだ。 遠征から戻り、伝言を受け取ったテルセオが、ヴァーレに向かおうとすると、レオナルド王子が「面白そうだから」と便乗したらしい。
今頃、コエーリョ邸は大騒ぎなのだろう。
「それにしても、名だたる令嬢達が、芝まみれっていうのも、なかなか見れないよね」
慌ててお互いの芝を払う彼女達を、優しくアメシストの瞳が見つめていた。
「で、エマ嬢。さっきの話の続きを聞かせてくれる? テルセオが女性と話してるのを見たくない。だっけ?」
レオナルド王子は、サラの隣、芝の上にドカッと座った。慌てて、サラが敷物を侍女に指示していた。
テルセオは、何とも言えない顔をして、レオナルド王子の後方に立った。
「いえ、私のワガママなので―――」
(言えるわけないじゃない。本人の前で)
助け船が欲しくてパウラの顔を見るが、彼女は首を左右に振った。
「テルセオも聞きたいよな?」
レオナルド王子が、後方のテルセオを見上げた。
(止めて!断って!)
エマは、心で叫んだ。 すがるようにテルセオを見守っていたが……。
「―――私も聞いてみたいです」
エメラルドグリーンの瞳が、エマを射ぬく。
「―――頑張って」
小声でセシリアが囁くのが聞こえた。彼女を見ると、両手で、ガッツポーズをしている。
深呼吸を一つして、エマは話し出した。
※※※
「―――という事がありまして、彼女は『あきらめない』って言っていました。今後、業務で彼と彼女が一緒にいるところや、会話をしている所を見たくないな、と思い相談していました」
エマは、恥ずかしくて堪らないので、一気に話終えた。
「へぇ……『あきらめない』って言われたんだ。愛されてるね。テルセオ」
「私には、エマという婚約者がいます。他は関係ない」
テルセオは毅然とした態度で応酬する。レオナルド王子とテルセオが言い合っているのを横目に、パウラが耳打ちをしてくる。
「あきらめないって?」
「えぇ、確かに言ってたわ」
セシリアやサラ、アンヘラもジリジリ近寄ってきた。
「なんか、嫌な予感がするわ。何か仕掛けてくるのかしら? 恋愛小説なんかでは……」
「止めてよ。王家に忠誠を誓った騎士よ?さすがに色恋で、揉め事は起こさないでしょ」
「それなら、わざわざエマを呼び止めないでしょ。相当の覚悟が……」
「冗談やめて、怖いわ」
エマを一人残して、話が段々と大きくなっていく。たかが女性騎士の横恋慕ではないか。そう思えたら、不安が小さくなっていく。
「大丈夫。私はテルセオを信じているもの」
声に出して言ってみると、ストンと心の奥底に気持ちよく落ちていった。
ギュッとアンヘラに抱き締められた。
「エマ、ごめん。私、あなたを誤解してたわ。テルセオ様を手玉に取る悪女って噂を、信じてたの」
「手玉に取るって……」
思わず笑ってしまった。
「すごいね、テルセオ。二人の令嬢に取り合われてるよ。羨ましい」
レオナルド王子は、からかうようにテルセオを見上げた。
「冗談は止めてください」
真っ直ぐ前を見たままで、テルセオは答える。が、頬が少し紅く色付く。
「さて、冗談はさておき……テルセオ、エマ嬢と話をしておいで。その為に来たんだろ?エマ嬢、いいかな?」
急に話を振られて、エマは戸惑う。確かに、遠征から戻ったら話をしよう。とは、約束したが、今?ここで?
テルセオを伺い見るが、彼も戸惑っているようだ。
「エマ、行っておいでよ。なかなか時間取れないんじゃない?」
「そうよ。ここなら、誰にも見られないし、邪魔しないわ」
「湖の畔がお薦めよ」
皆が、快く見送ってくれる。
「しかしながら、殿下の護衛がいなくなります」
「さすがに、コエーリョ領でそれはないでしょう。でも、心配なら……エマ嬢、結界をはってもらえるかな?」
「―――結界? あぁ……」
軽く頷いたエマは、皆が入る大きさの結界を張った。これで、害を成すものから、守ってくれるはずだった。
「ありがとう。じゃ、二人とも行っておいで」
レオナルド王子に即されるように、エマとテルセオは馬を呼び、湖畔へと向かった。
※※※
「へぇ……エマは、結界も張れるのね。さすが、研究所で働けるだけあるわ」
皆が、エマの結界に見いっている。ただ一人パウラだけが、怪訝な表情をしていた。
「失礼ながら、殿下……。エマの結界の事、どちらでお聞きになりましたか?」
「え?企業秘密、教えないよ」
レオナルド王子は、アメシストの瞳を曰くありげに細めるのだった。




