ヴァーレ・二
翌日も良い天気だった。相変わらず、吹き抜ける風は爽やかで、空は突き抜けるように青く、木立の新緑が目に眩しい。
ツンと薫る草木の香りが、爽やかな気分にさせる。
小高い丘の上に建つコエーリョ邸のテラスで、少し遅い朝食を頂いていた。 遠くには湖も見える。とても広大で、美しい領地だ。
今日は、騎射の練習をする予定でいる。 皆、乗馬が好きなのだろう。昨日は、お尻が痛いと悲鳴を上げていたのだが、まだ食後の紅茶も頂いていないのに、ソワソワし始めている。
見かねた侍女が、「後程、騎射場にお茶をお届けいたします」と提案した。
※※※
直線に並んだ幾つかの的を、スピードに乗りながら騎乗で連射する。
始めは、ほとんど当たらなかったのだが、慣れてくると共に、的に吸い込まれる数が増えていくのが、気持ち良い。
サラは、毎年参加しているだけあって、ほとんどの的の真ん中を射ぬいていた。
それでも、上には上がいるようで、毎年一位を拐っていく令嬢がいるそうだ。
社交にもあまり顔を出さず、狩猟大会と王家主催の夜会のみ出席して、あとは領地にひきこもっているそうだ。
カルタシア侯爵領のグレタ騎士団と同様に、有名な騎士団を所有している侯爵家の令嬢だそうだ。
「確か、第一王子の婚約者候補の一人よね?」
「なら、今年は不参加かしら? サラの優勝の確率が上がるわね」
キャッキャッと、はしゃぎながら馬を操り、駆け回る。
昼食は、侍女達が運んで来てくれて、木陰に敷物を敷いてピクニックとなった。
食後、ゴロンと芝の上に寝転がる。 侍女達が、クスクス笑いながら、見て見ぬふりをしてくれていた。
「いつまで、こうやって会えるかしらね……」
セシリアの言葉に、急にしんみりとした雰囲気になる。 セシリアとパウラは、シーズン明けにも婚約の話が出てくるだろう。早ければ、来年のシーズンは婚約者と過ごしているかもしれない。
ゴロリと寝返りをうったサラが、エマを見る。
「エマは、テルセオ様のお屋敷には行かないのね」
言われてみれば、誘われたことがない。 そもそも婚約が決定するのは、このシーズン終了後だ。だからなのだろうか?
考え込むエマの姿を見て、パウラが苦笑いする。
「テルセオ様は、遠征と騎士団で忙しい様子だったじゃない。落ち着いたら、誘われるわよ」
「そうゆう、詰めが甘いところが、つけ込む込まれるのよ。あの噂だって……」
「アンヘラ?」
セシリアが、ピシャリといなす。 消え入るような声で、彼女はエマに謝罪した。
―――やはり、まだ正式な婚約はしていないにしろ、世間で私は婚約者には相応しくないと思われているのだろうか。不安が込み上げる。それに近頃、胸に何かが詰まっているような不快感がある。 モヤモヤする。あの女性騎士に会ってからだ。
「婚約破棄しないのですか?って言われたわ」
唐突にエマが話し出す。
隣で寝転ぶパウラから、息を飲む音が聞こえた。
「テオドロスには心配されて、一緒に公国に来るか?って言われるし。 私、テルセオにはふさわしくないのかしら?」
思わず胸の内を吐露してしまった。
「ちょっと待って。 情報過多なんだけど……」
パウラが戸惑っているが、言い出したら止まらなくなってしまった。
「そりゃ、始めは婚約破棄してもらうつもりでいたわ。でも……でも、気付いちゃったのだもの。好きだって。しょうがないじゃない」
クックッ……セシリアが笑いを堪えていた。そして、いきなり立ち上がり、大声で叫んだ。
「テルセオォ!良かったねぇ。想いが通じたよ!」
エマは、ポカーンと彼女を見上げていた。あの、セシリアが大声を出すなんて……。扇で口元を覆って、ホホホと笑う彼女しか見たことがなかった。
「毎月、時間をかけて、会いに行っていた甲斐があったわね」
アンヘラもサラも、ウンウンと頷いている。
「―――ちょっと、待って……。婚約破棄しないのですかって、誰に言われたの?」
パウラが、難しい顔をしている。
「あの……女性騎士よ。テルセオの部下の、綺麗な黒髪の……」
「向こうから話しかけてきたの?」
セシリアが、訝しげに尋ねる。アンヘラやサラも、先程のニヤニヤした雰囲気とはうって代わり、怪訝な表情に変わった。
「えぇ……、訓練所近くの廊下で呼び止められて……」
「失礼な人ね。彼女、確か男爵令嬢のはずよ。 業務でもないのに、話しかけるなんて……」
いつのまにか、全員が起き上がり、真剣にセシリアとエマの話を聞いていた。 あちこちに芝の名残を残しながら……。
セシリアの情報によれば、部下の彼女は貿易で財を成した、男爵位の家柄でらしい。 今後、私的な会話は尽く無視してやりなさい。とアドバイスされた。
「でも彼女、彼の直属の部下なんでしょ? 目の前で……その……話されるのも嫌だわ」
―――言ってしまった。 こんな子供じみたワガママ、幻滅されるだろうか……。
「お仕事だって、理解はしてるのよ?でも、嫌な物はイヤよ……」
エマはうつむきながら、膝の上の手をギュッと握る。
サラがふと顔を上げ、クスクス笑いだした。
「大丈夫じゃないかしら? 直接、本人に言ってみたら?」
「えっ?」
エマが顔を上げ回りを見渡すと、侍女に案内されたのであろうか、テルセオがぎこちない動きで、木立の影から出てきた。
サラ以外も気付き、「何処から聞いていたかしら?」と、クスクス笑っていた。




