三人それぞれの想い
~エマ・ベニドニア~
狩猟大会の招待状が届くのと前後して、カルタシア侯爵主催の夜会の招待状が、エマの元に届いた。
テオドロスが帰国する事を、発表するのだろう。
『僕の気持ち、気付いてない?』
先日のテオドロスの言葉を思い出す。どんな意味だったのだろうか?
今までの様に、テルセオとの仲を心配して……、気軽に相談に乗ることが出来ないから……だと思ったが、それと公国に行くことがつながらない。
「まさか……」
イヤイヤイヤ……ありえない。慌てて、思い付いた考えを否定する。 どれだけ自意識過剰なんだか……。
テオドロスは『彼が、信用できないなら』と言った。
―――信用はしている。テルセオは、私を裏切らない。なぜか、自信があった。
騎士団の隊長でもあるのに、毎月『冷たいお茶会』の為に、半月もかけて往復していたのだ。十分、信頼に値するだろう。
テオドロスが安心して帰国できるように、テルセオとたくさん会話をしよう。 お互いの話をしよう。
テオドロスに心配されないように。
夜会の日取りは、狩猟大会の前だった。
※※※
~テオドロス・エギナ(クラニディ伯)~
王都にあるカルタシア侯爵邸の一室で、テオドロスは頭を抱えていた。
書類机の上には、国から届いた姿絵と身上書が山積みになっていた。少し覗いてみたが、公国内の有力貴族令嬢ばかりだった。 当たり前か……。
社交シーズン終了後に帰国する旨を、伝えたとたんにコレだ。
うんざりする。
それ以上にうんざりしているのは、自分のエマへの態度だ。
なぜ、あんな事を口走ってしまったのだろうか。 『僕の気持ち』ってなんだ? 伝えてどうする? エマが困るだけなのに。
自分よりも、テルセオの想いが上回っているのは、もう、気付いている。テルセオには叶わない。わかっている。
でも、エマが苦しむ姿を見たくない。見たくなかった。
できれば、ずっと笑っているエマを見ていたかった。
テオドロスは、窓辺に置かれたトルソーに飾ってある、黄昏色のエンパイアドレスを眺める。
王都のドレスメーカーで、エマはこの形のドレスの前で立ち止まっていた。と聞いた。 それを、自分の瞳の色『ゴールド』で作ってもらった。
侯爵には、かわいい妹への最後のプレゼントだと誤魔化した。
「テルセオは、怒るだろうか……」
以前、エマの瞳に似せて作った、自分色のアクセサリーは、直ぐにテルセオにバレていた。
しかし、テオドロスは、この自分色のドレスをエマに贈り、エスコートをするつもりでいる。
今回は、譲れない、譲りたくない。
自分がエマと親しく話せるのも、今回が最後かもしれない。 もう、この国に来ることは許されないかもしれない。 そう思うと、心が急く。
兄が公主を継ぐまでは、まだ時間があるだろうが、いい加減に帰ってこいと、急かされていた。
「最後のワガママだ。許せ」
深呼吸をした彼は、書類机の上に積み上げられた書類を退かして、筆を取った。
※※※
~テルセオ・デ・コルセーナ・アンダクス~
テルセオは、東の端の空をボンヤリと眺めていた。 日が昇り始め、だんだんと明るくなってくる。
アクアマリンとオレンジが微妙に混じりあった色、エマの瞳と同じ色。
今日中に、王都に戻れると分かり、気持ちが高ぶり早くに目が覚めた。
ふと、左腕に視線を落とすと、エマが結んでくれたハンカチが目に止まる。
(無事に、エマの元に帰れる)
それが、とてもうれしい。
エマとは、たくさんの行き違いがあったが、どうにか自分の気持ちを伝えられたと思う。
彼女が、自傷行為をした挙げ句、意識が戻らない。と聞いた時は、心臓が止まるかと思うほど驚いた。
結果、お互いの気持ちを確認できたから、良かったと言うべきなのか……。 いや、エマが傷付くのは嫌だ。
早く会いたい。早く話したい。
テルセオは、緩やかに鮮やかに色づいていく地平線を、ただただボンヤリと眺めていた。




