謎解き
―――エマが意識を取り戻す数日前の事
ベニドニア伯爵邸の一室に男性三人が集まっていた。うち一人は神妙な面持ちで、一人は呆れているようだ。そして、もう一人は憤っている。
「なんて事をしてくれたんだ」
憤っているのは、テオドロス。過去、エマの家庭教師をしていて、現在は同じ研究所で働く。
「ですから、あれは私の部下で……報告を受けていただけだと、先程から申し上げています」
苛立ちを隠した、神妙な面持ちの騎士は、テルセオ。 エマの婚約者で王宮騎士団に所属している。
そんな二人を、呆れて見ているのはパブロ。マルガ海を中心に商いをしている商団の一員だ。
事の発端は、夜会での、テルセオを巡った女性問題だった。だが、その切欠を作ったのはエマだ。
それなのに、屋敷に戻ったエマは、半狂乱になり、自分の腹部にペーパーナイフを突き立てた。
そして、いまだ意識が戻らない。眠ったままだ。
―――まったく意味がわからない。パブロは腕を組む。
「婚約破棄されると思う」と常に言っていて、破棄後は「テオドロスの弟子にしてくれ」だの「研究所で働けないか?」など画策していたエマが、なぜ、テルセオの密会を気にするのだろうか?
令嬢をけしかけたのは、エマ、当人ではないか……。
そこで、一つの仮説を思い付く。
実は、エマはテルセオに、恋しているのではないか?
嫉妬心で令嬢をけしかけたものの、彼への罪悪感に苛まれ、思わずペーパーナイフを手に取った……とか。
それとも、テルセオは自分に好意を持っている。と確信していたのに、それが勘違いとわかり、嫉妬心に狂った?
もしくは、その両方?
「ねぇ、夜会でのエマとのやり取り、教えてくれない?」
いまだ飽きもせず、テルセオと同じやり取りをしているテオドロスに、尋ねる。
「確か、あの日は……」
「殿下に、独占欲が強い。と言われました」
テルセオの色のドレスに宝石達で、エマを染め上げた。と二人は話す。
(テルセオは、エマに好意を持っているのか?)
「それで、悪女の噂の話になって……」
「エマと話し合うように言われました」
「何について、話し合うようにと?」
パブロが尋ねる。
「カフェで、僕が席を立ってしまったのは、彼女に怒った訳ではなく……」
「恥ずかしくて、エマの側にいれなくなったんだと」
―――詳しく話を聞くと、カフェでエマに口元のクリームを拭われたのが、恥ずかしすぎて居たたまれなくなり、彼女を一人残して帰ってしまった。
それが『エマがテルセオを怒らせた。彼女は悪女だ』という、悪意ある噂になり、それを挽回するために、テルセオがエマに好意を持っている事を知らしめようと、大袈裟にやり直しデートをしたと。
パブロは大きなため息をつき、テルセオを睨む。
(カフェにエマ一人残して帰った、だって? 信じられない。でも……)
「わかったかも」
期待を込めた目でパブロを見つめるテルセオに、怒りを隠さずに話す。
「たぶん、あんたがキチンとエマに向き合わなかったからだ。やり直しデートの理由、伝えた?」
「いや……、噂が消えればいいと、特に説明はしていない」
「それが、原因だよ。エマは、あんたに『騙された』と思って、自暴自棄になったんだ」
―――たぶんだけど……と前置きをして、パブロは謎解きをする。
エマは、つい最近まで婚約破棄を望んでいた。そう話すと、テルセオの表情が凍りつく。
(やっぱり、テルセオはエマに好意を持っているな)
疑惑が確信に変わった。
それが、テルセオの『やり直しデート』と夜会での独占欲の話で、彼の好意に気付いた。
そして、その気になった所で……テルセオの行動は、自分の噂を否定するための演技だったと気付く。
そして、夜会での密会に彼に好意を寄せる令嬢……。ほんの出来心だったかもしれないが、結構な騒ぎになった。
テルセオへの好意、嫉妬、後悔……エマの心は疲弊したのだろう。
「なるほどねぇ……」
「……」
テオドロスは関心し、テルセオは赤面している。
「言っておくけど、俺の解釈だからね。エマに聞かないと、本当の所はわからないよ? まぁ、言うような子じゃないけど」
「エマなら、全てを終らせるため、直ぐに婚約破棄に動きそうだな」
「そうだね、目が覚めたら、直ぐに動くね、エマは」
パブロとテオドロスが意気投合していると、テルセオが慌て出した。
「それは困る。私が遠征に行っている間に、婚約破棄されていたら……どうしたらいいんだ」
頭を抱え踞るテルセオに、テオドロスが冷たくいい放つ。
「だから、キチンと話をしろって言ったよね。自業自得なんじゃない?」
いや……でも……と、歯切れの悪いテルセオをテオドロスが冷たく見下ろしていた。
「ねぇ、一つ確認なんだけど、君はエマと結婚したいの? 家とか関係なく」
「当たり前じゃないですか、彼女と初めて合ったときから、エマしかいない。と思ってます」
パブロはテオドロスと顔を見合わせる。
「いやいや、おかしくないか? エマからは、嫌われている、一言も話してくれない、って聞いてるけど」
パブロは、まさかと思いながら尋ねる。
「もしかして、お茶会の間中、ソッポを向いたまま話さないのって……、エマが、横顔が素敵。ずっと見ていたいわ。って言ってたからじゃないよね?」
テオドロスも、ハッとした様子でテルセオの言葉を待つ。
「そうですよ。エマが横顔をずっと見てられるようにしているんです」
テルセオは胸を張り、当たり前のように答える。
「それはないよ……」
「そりゃないわ……」
テオドロスもパブロも、呆れて言葉が見つからない。
そんな二人を、テルセオは不思議そうに眺めていた。




