修復
騎士団が再び遠征に出向くまで、一週間を切っていた。
エマは、テルセオとの婚約破棄を希望したのだが、父親の理解が得られなかった。
それどころか、その話をアンダクス侯爵家に、伝えてもいないようで、相変わらずテルセオは、毎朝、騎士団に向かう前に、花束と共にやってくる。
だからといって、顔を合わせるわけでもなく、花束を置いて、彼は去っていく。
テルセオは、エマの事を快く思っていないのに、わざわざ時間を割いて、花束を届けたり、不毛な『お茶会』をするのは無駄ではないか。夜会のときだけ、パートナーとして、参加すればいいのでは?
そう、もう『演技』はいらない。期待をしてしまうから。
こうなったら、直接テルセオに直談判しようと、研究所から事あるごとに用事を作って、騎士団の医務室に出向くのだが、運が悪いようで、出会う事がない。
そうこうしているうちに、遠征へと出発する朝になった。
※※※
エマは、今日こそはテルセオに会おうと、エントランスホールで、彼を待ち構えている。
パブロが、茉莉花茶を運んでくれ、そのまま一緒に椅子に座っている。
「エマ……まさかとは思うけど、今日、これから婚約破棄してください。って頼むわけじゃないよね?」
ゴホッゴホゴホ……
丁度、紅茶を飲み込むところだったエマは、盛大にむせた
「なっ……なんで?」
「これから、命のやり取りをしに行く騎士に、そんな話は縁起が悪いよ。 同じ騎士の家柄なんだから、そんな失礼な事はしないで」
「面倒事を終らせて、スッキリとした気持ちで向かった方がいいでしょ?」
エマは、わからない様子で、不思議そうに尋ねた。
「まだ、彼とキチンと話し合ってないでしょ?」
「時間が合わないのだもの。 だから、今日……」
「エマ」
パブロが珍しく声を荒げる。
「何をカッコつけたいのか知らないけど、ちゃんとエマの気持ち伝えな」
「だから、婚約破棄したいって言うんじゃない」
エマも負けじと声を張り上げ、立ち上がる。
「いい加減にしなよ。テルセオが好きなんでしょ?テルセオに好きになって欲しいんでしょ? 好きになってもらえないかもしれないから、辛いから、婚約破棄したいんでしょ?」
パブロは椅子に腰掛けたまま、エマを見上げる。そして、諭すようにゆっくりと、彼女に語りかけた。その瞳は漆黒の闇の様で、心の底を覗き込まれているようだった。
「そうよ!愛されてるかもしれないと思って、彼を好きだって思って……やっと気付いたのに、それ全部演技だったのよ? 家同士の為に演技してたのよ? そんなの悔しいじゃない。 だから、嫌いに……これ以上、好きにならないように、一旦、婚約破棄したいのよっ」
(言ってやったぞ。満足?)
エマは、呼吸を荒げながらパブロを見下ろしていた。が、うつむいた彼の肩は小刻みに揺れ、笑いを噛み殺していた。
「―――パブロ?」
「もうダメ、耐えらんない」
声を上げて笑いだしたパブロが、続きの間に向かって声をかけた。
「だって、テルセオ。出てきなよ」
罰が悪そうに顔を覗かせたテルセオの頬が、うっすら色づいているように見える。
「――テルセオ」
エマは唖然として、近づいてくる彼を見つめた。
「エマ……遠征から戻ってきたら、時間をつくる」
うつむいたまま、彼はエマに花束を押し付けた。その様子を見守っていたパブロが、ダメ出しをする。
「渡し方違うんじゃない?」
彼は、ハッとした様子で跪き、花束を差し出す。そして、もう一度エマに乞う。
「遠征から戻ってきたら、時間をつくる。会ってくれないか」
「テルセオ?」
パブロは、まだ不満そうだ。
コホンと咳払いして、テルセオは再びエマを見つめる。 湖面のようなエメラルドの瞳が揺れた。
「エマ、貴女を好ましく思っている。遠征から戻ってきたら、会いたい。 時間をくれないか」
「―――はい」
真っ赤な顔をしたエマが、手を伸ばし花束を受けとる。
安心した様子で、彼女を見つめながら立ち上がるテルセオの腕が、行き場を見失ったように、不自然に空を彷徨っている。
「そろそろ時間ないんじゃない?」
生暖かい目で見守っていたパブロが、冷ややかに伝えた。
―――軽やかな足取りで、屋敷を後にするテルセオを見送ったエマは、憑き物が落ちたかのように晴れやかな表情をしていた。




