恋心か嫉妬心か
「言い訳はいらないよ。 あれで、エマは社交をあきらめて、領地に帰ろうとしたんだ。デビュタントを迎えたばかりだというのに」
テオドロスは、知らないと思っていた。 そして、こんなに怒っていたとも。
「そうですよ。研究所も辞めようとしたんですよ? あんなに、薬学が大好きなのに」
ハズキも目に涙を貯めながら、加勢する。
騒ぎを聞き付けて、なんだなんだと人が集まってくる。
エマは、テルセオとテオドロスの間に入り、叫んだ。
「私が悪いんです。テルセオ様は、甘いものが嫌いなのに、私が……私が薦めたから」
一瞬、静寂が辺りを包んだ……かと思ったが、今度は、テオドロスとハズキが笑いだし、テルセオの頬が赤く染まる。
「アンダクス卿、君はエマと話し合う必要があるみたいだな」
「私も、そう思います」
テオドロスとハズキが、呼吸もままならない程、笑い転げている。
テルセオが、エマに何か言おうとした時、タイミング悪く、誰かがテルセオを呼ぶ声がした。
「エマ、後で」
テルセオは、不機嫌な表情を隠すこともせずに、呼ばれた方向へ歩きだした。
テオドロスも、挨拶に来た貴族に呼ばれ、笑いながら私達から離れていった。
「私、何かおかしな事を言ったのかしら?」
エマは、ハズキに聞いてみたが、彼女も笑うばかりで教えてくれない。
「私から言えることは、エマは何も悪くない。って事ですよ。 あの男がキチンと説明しないから、エマが悪女にされちゃったんです」
聞けば、あの噂が回り始めた頃、テオドロスはテルセオに会いにアンダクス邸に乗り込んだらしい。
それも、エギナ公爵の名を使って。
テオドロスは、この国で『エギナ公』の名前は使わないようにしていた。 あくまで、交換研究生の立場でいたいからだ。
ハズキもテルセオに説明をしてもらおうと、単独で乗り込んだのだが、門前払いをくらっていたそうだ。
そこに、丁度テオドロスが来たので、便乗したらしい。
そこで、『エギナ公爵』の件を直接本人から聞いたそうだ。
「すごかったですよ。エマは悪くないのだから、お前が責任もって彼女の名誉を回復しろ。って」
「まぁ……」
驚いているエマの顔を覗き込みながら、ハズキがニッと笑う。
「いいですね。テルセオ様にもテオドロス様にも愛されて」
―――なるほど、それで『やり直し』があったわけだ。 うっかりテルセオに絆されるところだった。 良かった。もし、その経緯を知らなかったら、『愛されている』と勘違いしてしまう。
「テルセオには愛されてないわ。義務よ」
そう、自分で言っておきながら、寂しくなる。
※※※
騎士団の遠征前は、また忙しくなる。 その前に楽しまないと。と、ハズキに言われ、今日の夜会を精一杯楽しむ事にした。
騎士団の医務室で一緒に仕事をする治癒士や、何度か関わった事のある騎士達と積極的に話をしていた。
テルセオの演技で、私の悪女の噂が下火になったのは有り難いが、今後の為にも『私』を知ってもらう必要がある。
遠巻きで見ていた研究所の職員とも、ハズキに取り持ってもらい、誤解を解こうと奮闘した。
元々、薬学が好きなもの同士、意気投合するのは早かった。
喉の乾きを覚え、飲み物を取りに行く為、皆の側を離れた。
ドリンクコーナーで、何を頂こうか悩んでいると、背後に人の気配を感じた。
数人の令嬢が、私を見ている。それも、好意的ではない。 早くこの場を離れた方がいい。
果実水を手に取り、戻ろうとすると、彼女達に取り囲まれる。
「あなたは、アンダクス様に相応しくないわ」
薄緑の少し露出の多いドレスを纏った、リーダー格の令嬢が、腕を組ながらエマの目の前に立つ。
彼女達の顔をじっくりと見つめるが、見覚えがなかった。ということは、少なくとも我が一族とは無縁の家柄だ。
「そう思うのであれば、身上書をアンダクス家に送られれば? あなたが相応しいのであれば、アンダクス家から連絡がいくでしょうよ」
エマは冷たく言い放ち、その場を立ち去る。長居は無用だ。彼女のものであろうか、金切り声が追いかけてきた。
エマは、イライラする気持ちを落ち着ける為に、テラス近くのカーテンの裏に逃げこんだ。
ゆっくりと果実水を飲みながら、心を落ち着ける。視界の端に、人影が見えたような気がして、テラスの方に視線を移すと、見たくないものが見えた。
(今日は厄日か何かかしら……)
テルセオと深紅のドレスを纏った、見知らぬ令嬢が、語らっていた。 別にそれはいい。私も騎士様と二人でお話しましたし。
でも、場所が悪いと思う。 人目に付かないテラスの端で、二人の距離がとてつもなく近い。
イライラを落ち着かせる為に、ここに逃げてきてのに、モヤモヤしてたら意味がない。
ふと、イタズラ心が沸いて、先程の失礼な令嬢を捜した。
「あの……先程は失礼しました。 あちらのテラスに彼がいるようなので、お話していらしたら?」
ニッコリ微笑みかけるエマに、怪訝な顔をしていた令嬢達だったが、イソイソとテラスの方へ向かって行った。
(見つかってしまえばいいのよ)
エマは、素知らぬ顔で、ハズキ達の元に戻ったのだった。
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