約束2
馬車はガタゴトと、小気味良いリズムを奏で、何処かへと向かっている。
エマの正面には、珍しくニコニコしているテルセオが座っていた。それも、始終無言だ。少し怖い。
ゆっくりと馬車が止まり、扉が開く。 先に降りたテルセオが、手を差し出しエスコートしてくれる。
彼の手を取り、ステップを降りたのだが、初めて手を握ったかもしれない。
容姿端麗な彼は、手もホッソリと柔らかい……と、勝手にイメージしていた。 しかし、少し筋ばっていて、ゴツゴツして、固かった……。
不覚にも男性を感じてしまい、少しドキドキしてしまった。
目の前には、令嬢に人気だというカフェがある。 確か、アリスが言っていた。
なんで、こんな流行りの場所に?と思いながら、テルセオを見ると、なんだかご機嫌だ。
つないだままの手を、しっかり握られながら店内に入ると、一斉に視線を浴びる。
(そうでした。 婚約者殿は、騎士団の人気トップスリーに入っているんだったわ。アリス調べ、だけど)
チラリと彼を盗み見ると、人に見られる事に慣れているのだろうか、気にする素振りもない。
入口から遠い奥の一角に案内され、席に座った瞬間、見慣れたいつものテルセオに戻った。
正面に座る私を視界から外し、斜に構えながら窓の外を眺める。時折、手持ちぶさたの様子で、ハーフアップした髪の、襟足にかかるハニーブロンドの後れ毛を、クルクルと指で回す。
そして、一言も発する事はない。 思い返せば、馬車の中から、ここまで声を聞いていなかった。
細長のアーモンドアイが、キラキラとエメラルドに煌めき、少し薄めの唇の端が上がっている。
あぁ、今日も綺麗だ。ずっと見ていられる。 彼が私を見ることは無いので、見つめていても気付かれない。
安心しきっていた所で、急に、エメラルドが私を捉えた。 驚き過ぎて、目がそらせない。
すると、フワッと茉莉花の香りが漂ってきた。
目の前にティーセットが置かれ、店員がゆっくりとお湯を注ぐ。
「このお茶が、好きだと聞いた」
頬杖を付きながら、柔らかく微笑んでくる。
続いて、生クリームとナッツが乗ったパンケーキが運ばれてきた。シナモンの香りが食欲をそそる。
テルセオの前には、甘い香りのするコーヒーが置いてあるだけだった。
「テルセオ様は、召し上がらないのですか?」
「いや、君に食べて欲しかっただけだから」
どうしたのだろう。いつもと調子が違う。
遠征中におかしな物でも食べたのだろうか? それとも、魔獣の毒にやられているとか?
「遠征中、ご無事でしたか?」
一応、尋ねてみた。
「問題ない」
そう答えると、彼はまた、窓の外へ視線を外した。
回りを見渡すと、男女で来店している客もいて、女性がパンケーキを切り分けた一片を、男性の口元へ運んでいた。
―――なるほど
エマも真似をして、生クリームを付けたパンケーキの一片を、テルセオの口元へ押し付けた。
驚いた様子で、彼のエメラルドの瞳が見開かれる。
(間違えたか?)
すると、眉間に皺がより、薄い唇が開いて、フォークの先のパンケーキが無くなった。
美形が、モグモグと咀嚼している様も美しく、また、唇にクリームが付いている様子が、かわいらしい。
思わず腕を伸ばし、指先でクリームを拭った。
ガタンッ
物凄い物音と共に、テルセオが立ち上がり、彼の椅子が後方に転がった。
真っ赤な顔をした彼は、そのまま席をたち、戻ってくることはなかった。
※※※
―――その日からというもの、エマは針のむしろの上にいるようだった。
城下の店で、テルセオはエマに怒り、彼女を残したまま帰ってしまった。 あんな優れた人を怒らせるなんて、エマという令嬢は、よっぽどの悪女なのだろう。
貴族の間で、そう噂されていると聞いた。
顔を真っ赤にして怒っていた。 よっぽど甘いものが嫌いだったのだろうか? 私に触られたくなかったのだろうか?
家に帰ってから父に話をして、お詫びの手紙を届けてもらってのだが、返事はない。
研究所でも、コソコソ陰で言われている。話しかけてくれるのは、同僚のハズキと一部の人だけだ。
所長も変わらず、仕事をさせてくれる。 黙々と回復薬作りに打ち込めるのは、いい気晴らしになる。
―――だったのだが、『悪女の作る薬なんて、使用したくない』と、一部の貴族からクレームが出始めた。
「ごめんねエマ。 ほとぼりが覚めるまで、城下の治療院を手伝ってもらえるかな? あそこなら、貴族は立ち寄らないから……」
「いえ、これ以上御迷惑はお掛けできません。これは、お返しします」
そう言って、エマは身分証を所長に返した。
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