約束・一
デビュタントが終わり、午前は、研究所で仕事の手伝い。 たまにハズキに連れられ、騎士団の医務室を手伝う。
午後は、お茶会で立て込んでいる。夜は夜会があったり、無かったり……。
流石に、親しくない人々と会話を続けるのも、疲れてきた。 研究所で鍋をかき混ぜているのが、至福の一時だ。 無心になれる。
そんな日々を過ごしていたある日、騎士団が賑わっていた。 どうやら、遠征部隊が戻ってきたようだった。
今日は、騎士団に近寄らないぞ。と心に決め、黙々と鍋をかき混ぜる。それなのに……。
「エマ!騎士団から呼び出しだよー」
ハズキがニヤニヤしながら、呼びに来た。
「怪我人ですか?」
「さぁ?一緒に行ってあげるから」
備品の補充なのか、台車に薬が乗っている。私は、ハズキに押されるように、研究室を後にした。
※※※
医務室に入ると、応急措置をしただけの怪我人が、数人椅子に座っていた。 遠征帰りだろうか。
「手伝いますね」
エマが、包帯を外して傷口を見ていると
「あなたは、団長室へ行きなさい」
ハズキが、変わろうとしてくる。
「皆で処置した方が、早いですよ」
「あなたはそう言って、いつも先輩の言うこと聞かないわよね」
彼女はあきらめたようで、他の怪我人の元へ行った。
消毒して、化膿止めの湿布を貼るのだが、刃物で出来た傷口に見える。
魔獣討伐で、このような傷口が出来るのだろうか。不思議に思いながらも、次々に怪我人の処置をしていった。
「エマ、そろそろ団長室へ行って頂戴。あまり待たせても悪いわ」
「わかりました」
医務室を出たエマは、重い足を引きずるようにして、団長室へ向かった。
(テルセオがいたらどうしよう……)
考えれば考えるほど、足は重く、足取りは遅くなり、お腹が痛い……ような気もする。
団長室の前に立ち、深呼吸をしながら、ドアをノックする。
「エマ・ベニドニアです。遅くなりました」
入室すると団長と共にいた。やっぱりいた。 テルセオがいた。
相変わらず、綺麗な顔をしているが、やはりどこか不機嫌だ。
「呼び立てて悪いのだが、このままアンダクス卿と出掛けてくれないか?」
意味がわからない。出掛けてくれないか、とは?
「出掛ける、とは何処へですか?」
「遠征から戻ったら、使いを出す。と言っただろう」
急にテルセオが、話し出した。
(使いを出すって、ここで? あり得ない)
「研究所やベニドニア伯には、連絡を入れてある。行こうか」
彼が、左手を出してきた。 その手首には、クタクタになった私のハンカチが、結ばれたままだった。
「あの、行くにしても、この格好でですか?」
私は、制服のスカートを広げる。 医務室で処置を手伝ったので、所々、血が付着していた。
「構わない、用意してある」
テルセオに腕を掴まれ、引きずられるように団長室を後にする。
(こんなシチュエーション、前にもあったなぁ)
そんな事を考えながら、彼の後を付いていく。 一つ違うのは、掴まれた腕が痛くないことだ。
そのまま、王宮内を引きずり回され、とある一室に押し込められた。
中には、アンダクス侯爵邸の侍女だろうか? 侍女が数人待ち構えていて、あっという間に身ぐるみ剥がされた。
「ちょっと、どういう事?」
エマは、声を張り上げ、衝立の向こうにいるはずのテルセオに怒鳴った。
「血の匂いをさせたまま出掛けられない、と言ったのは君ではないか?」
「そこまでは言ってないわ」
そのまま隣室で湯浴みをさせられ、普段着に着替えさせられた。
「いったい、なんなんですか?」
「さぁ、行こうか。婚約者殿」
まったく会話が噛み合わない。 振り返り侍女達に助けを求めようとするが、ニコニコしているだけで、誰も答えてくれない。
今度は、ズンズン凄い早さで廊下を進む。なんとか付いていこうと小走りになるが、到底間に合わない。息が切れる。
(王宮の廊下を走るなんて、あり得ないわよね……)
少しずつ離れていく、テルセオの背中を見つめ、諦めた。無理だ、ついていけない。 確か、このあたりに中庭があったような……
(あった)
エマは、中庭のベンチに腰掛け、一息ついた。額を汗が伝う。
空を見上げれば、春の柔らかい日差しが降り注ぎ、少し眠くなってきた。
目を閉じると、庭園に咲いている花の香りが、心地よい。
(あぁ、ダメだ。寝てしまう)
ウトウトしていると、急にバタバタと人が駆け寄ってくる足音が聞こえてきた。
王宮内を走るなんて、余程の急用なのかしら?と思っていると、いきなり肩を揺さぶられた。
「なんで、ここにいる!」
目を開けると、息を切らしたテルセオが目の前にいた。
「歩くのが早すぎてついていけません。疲れました」
フン、とソッポを向きながら答えると、いきなり抱き上げられた。
「何をするんですかっ」
「暴れないで。疲れたのだろう?このまま、馬車まで運ぶ」
渾身の力を込めて、彼の腕から逃げようともがくが、びくともしない。 それどころか、すれ違う人の視線が恥ずかしくて、顔をおおってしまう。
「それで良い」
(まったく良くない!)
と心で叫びながら、早く馬車にたどり着いて欲しいと、切に願った。




