表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/67

冷めたお茶会

『憂い』は『うい』と読んでください。

水を打ったような静けさの中で、ティーカップとソーサーの、重なる音だけが聞こえる。 豪華な調度品に囲まれた室内は、紅茶の香りに包まれている。 これは、遠く東の国からやって来た『茉莉花茶(ジャスミンティー)』だ。 とても爽やかな香りで、癒される。


この冷えきった室内で、暖かい紅茶とさわやかな香りだけが救いだ。 耐えきれない。


「―――はぁ……」

(しまった! うっかり、ため息をついてしまった……)

私は上目使いで、正面に座る不機嫌な彼を盗み見た。

彼は、斜め横を見ながら、手持ちぶさたの様子で、襟足にかかるハニーブロンドの後れ毛を、クルクルと指で回していた。


彼の名は、テルセオ・デ・コルセーナ。 アンダクス侯爵の次男で、私、エマの婚約者だ。一応。いまのところ。

我が伯爵家の領地、ベニドニアは、港と街道を所有する、物流の要の街があり、かなり裕福である。資金援助が目的か?

または、武神と謳われる祖父のカルタシア侯爵と、(えにし)を結びたいのであろうか。

とにかく、一年の交流期間を設けた後に、お互いの意思を確認し、婚姻を結ぶ事になっていた。



窓から差し込む暖かい日射しに照らされ、彼の髪は金色に煌めいている。 高い鼻筋、形のよい薄い唇、物憂げなエメラルドグリーンの瞳。 完璧だ。 最高に美しい。 見惚れてしまう。

遠くで観賞する分には、最高だったのだが……。


「さて、そろそろ失礼するよ。 またね」

今日一番の笑顔で、彼は、そそくさと部屋を出て行った。 私も、やっと解放される。 今日のお勤めも、これで終了だ。

私は伸びをして、まだ暖かい紅茶を飲み干した。


「ねぇ、このお茶が届いたって事は、パブロが来てるの?」

私は、片付けをしている侍女に問いかけた。

「はい、今朝ほど見えました」

「ありがとう」

私はスカートの裾を翻し、部屋を出た。



エマは、港の市場にある、パブロの店に向かった。


元々は、船で運んできた商品が並んでいるだけの、簡素な店舗だったのだが、私がその商品、特にお茶とお菓子の()()がしたくて、駄々をこねているうちに、簡単なキッチンとカウンターが出来た。


店内に入ると、カウンターに見覚えのある背中があった。


「テオドロス?」

ゆっくり振り返る彼は、祖父の友人の息子で、隣国の薬草学者で私の家庭教師でもあった。 淑女の嗜みとしての家庭医学だけではなく、幅広い知識を習った。


「エマ、久しぶり。元気だった?」


そして、その知識を生かして、私は、治療院の手伝いをしている。地域奉仕だ。


「今日は、婚約者様と会ってたんだろ?」


パブロが、茉莉花茶(ジャスミンティー)を入れてくれる。


彼は、世界を教えくれる。世の中の情報や珍しい薬草、書籍なんかを貰っていた。 彼の話を聞いていると、自分も旅をしているような気分になる。

二人とも、私には兄のような存在で、大切な友人だ。



「えぇ。 一言も話さないで、ずっーと横顔を観賞していたわ」

パブロが、声をあげて笑う。

「エマは、会話をする努力はしないの?」

テオドロスが心配そうに尋ねてきた。

「彼は、私をバカにしているのよ? 必要ないわ。 そのうち婚約解消されるわよ」


私には夢がある。 婚約解消が叶った後は、より高度な薬草学を学たい。 もう一つは……たぶん、叶わない夢だ。


「ねぇ、破談になったら、助手にしてもらえる?」

ふと思い付いて、テオドロスに尋ねてみる。

「それは無理だよ。 僕もまだ、助手の立場だからね」

「私も王立研究所で働けるかしら?」


彼は、私の家庭教師の契約が終わったのち、祖父のツテで、この国の研究施設に交換研究生として働いている。


「―――ん……、どうかな? それより、婚約者殿との関係を良くする努力が、先じゃない?」




この世には、薬草から抽出したエキスを利用し、様々な薬が作られている。

一般的な回復薬、魔力のみ回復させる魔力回復薬、これらを合わせた特別薬。 魔力が高く適性のある者は、回復薬や他の薬を作ることができる。


テオドロスの働く研究所は王都にあり、薬の開発を行っていた。

ここ、ベニドニアには固有の薬草が自生していて、彼は時折、その薬草を採取に来ているのだった。


「お嬢様?」

侍女が入口のドアから、顔を覗かす。

「侯爵さまが、お呼びだそうです」

「お祖父様が?」


いったい何の用なのだろうか、ワザワザ領地から出てくるなんて。

祖父の領地カルタシアから、ここベトベニアまでは、どんなに急いでも一週間程かかる。


「侯爵がみえているなら、僕も挨拶に伺おうかな」

テオドロスも席を立つ。


※※※


港が一望できる高台にそびえ立つ堅固な城壁に囲まれた城館が、ベニドニア伯爵邸だ。

カルタシア侯爵家の流れを汲み、上流貴族によくある豪華絢爛な邸宅ではなく、質実剛健な城館だ。


侍従に案内され応接室に入ると、祖母が椅子から立ち上がり、両手を広げ出迎える。

「エマ! 元気だった?」

「お祖母様、ごきげんよう」

「カルタシア侯、ご無沙汰しております」

「おぉ、これはテオドロス殿下」


そう、私の先生、テオドロス・クラニディ・エギナ殿下。彼は、隣国エギナ王国の第二王子なのでした。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ