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第九話 亀裂



「……どうやら奴らは国際指名手配中の宙賊団の一味だったようですなあ。

 識別名は「常闇」。活動開始は約十年前。ここ数年は目撃例が極端に減ったために自然消滅したとみられておりましたが……まさか、帝国内に潜んでいるとは」

 

 黒い機体との戦闘から三日。

 航行不能となった四隻の船を近くの帝国内の軍港まで曳航し、補給等を済ませた俺たちは、作戦指揮所の中で今回の件の報告を受けていた。

 報告書を読み上げるのは副官のグスタフ・ケルパーさん。苦虫を潰したような顔のまま、彼は続ける。


「いずれの記録にもあの新型戦航機と新型駆逐艦の情報はみられません。

 まあ、こちらの国力を削ぎたい共和国どもがバックにいると考えるのが自然でしょうな。

 一宙賊程度の技術力でこちらの索敵を完全に掻い潜り、専用機と渡り合えるようなものが作れると思いません」


 グスタフさんの言葉に、周りにいた指揮官クラスの軍人さんたちが一様に頷く。


 共和国、ね。やっぱりこの世界でも帝国対共和国の戦争になったりするかね?

 ああ、マジで頭が痛い。戦闘に巻き込まれるとか二度と御免だって。さっさと隠居して布団の中でぬくぬくしたいよお。


 ここは、そうだな。

 宙賊?が怖くてお家帰りたいムーブでもしておくか。娘に命の危険があると分かれば、お父様も許してくれるかもしれない。

 

「……私たちの作戦はどうなる? 当然続けられるんだろうな?」


「ええ。奴ら宙賊の標的は輸送艦隊や一般艦船。私たちのような大規模な艦隊が襲撃を受けることは万に一つもございませんでしょう。

 問題は帝国内の流通網についてですが、こちらも護衛の巡洋艦を二隻に増やすなどすれば被害は抑えれる見込みです。

 それもこれも全ては殿下が迅速に駆けつけてくださったおかげ。殿下のご判断が同胞たちの命と貴重な積み荷を救ったのです。

 後ろのことは同胞に任せ、どうか殿下はご自身の勅命をなさいますよう。

 不肖私めも、殿下のお力になれるよう尽力させていただきたく思います」

 

 若干の後悔を滲ませながらこちらに向けて敬礼するグスタフさん以下軍人さんたち。その表情も今までより引き締まっているような気がする。

  

 うごご。そう言われたら断れないじゃねえか。

 ってか、よく考えたら将来的に敵になる国を助けたことにならねえか、これ?

 ……しまったな、もっとあいつらを泳がせるべきだったか。いや、あの状態じゃどうにもできなかったんだけどさ。

 

 若干信仰度の上がった彼らの傍ら、そんな最低なことを考えるのだった。

 

 






「見てくださいっ、ここでローゼ様がーー」


 約三時間にも及ぶ報告会を終えた後、這う這うの体で自室の扉を開けると、そこにはいたのはベッドの上に浮かぶ球状ディスプレイの周りに集まる少女たちだった。

 

「あっ、ローゼ様。お帰りなさいでありますっ。

 今まさに殿下のご活躍をみんなで見ていたところでありますよっ」

 

 ロゼッタの言う通り、ディスプレイに映るのはディアローゼとあの黑い機体。

 12人全員が二人の戦闘が始まるのを固唾を呑んで見守っている。

 あれは確か、輸送艦隊の船載カメラの映像だ。マリーナさんが辺りが気を利かせて持ってきてくれたんかね。

 

「『ふんっ、当たり前だ。

 私はローゼ・ジンケヴィッツ、お父様の娘なんだからな。賊一人葬れないでどうして皇女などと名乗れようか』 

 くう、痺れるでありますっ」


「ロゼッタちゃんは本当にこの場面が好きだねえ」


「当たり前でありますよっ。

 この時のローゼ様の凛々しいお声と言ったら、もうっ。

 やはりあの信号は見た時には既に事情を察していらっしゃったんですよねっ」


 ロゼッタが目を爛々と輝かせて、同意を求めるようにこちらを見る。


 ……すまん、それ言ったの俺じゃねえんだ。

 それと多分、元の性格的に戻れって言われたから反発しただけと思うぜ?

 

「さあな。さ、解散だ解散。

 結局奴を倒せなかったんだ。これ以上この私に恥をかかせるんじゃない」


「そんなことないでありますよっ。

 相手の卑劣な罠を掻い潜り、見事味方を守り抜いた、それだけで十分すぎるでありますっ」


「……ローゼ様、かっこよかった」


「ま、まあ私のご主人様として不足はないっていうか……」


 口々に好意的な言葉をかけてくる少女たち。

 

 あーなるほど。外野からはそういうふうに見えるか。

 さっきといい、自分が何かしたわけじゃないのにこういう視線を向けられるのは、恥ずかしいというか、申し訳ないというか……。


 ーーいや、違う。それだけじゃない。

 それよりも深く重い歓喜が胸に浮かび上がってくる。


 これは()の感情だ? まさかローゼ?


『あれェ、そんなもんですかい、姫さん?

 いやあ流石は13番目。落ちこぼれのローゼ様だ』


 戦闘中に交わした彼の言葉が蘇る。

 もしそれが事実なら、ローゼが自身の出自を事あるごとに強調していたのも理解できる。ここローゼ区が恐らくは皇族を示すであろう赤色で固められている理由も。 

 きっとそれが、それだけが彼女の心の拠り所だったのだ。


 ……まさかこの体にはまだローゼの心が残っているのか?

 だからあの時、俺の体を奪うことが出来た?


 目の前に広がる、原作とは違うだろう和気藹々とした光景。

 それが彼女たちが入れられていたあの悍ましい部屋と重なる。


 もし俺がどれだけ足搔こうと、その心がローゼと入れ替わるだけでああなってしまうのだとしたらーー


「ほら、お前たち勉強するんだっ。

 それでも私のメイド候補かっ」


 その恐怖をかき消すように、彼女たちに声を掛けた。








 ……。

 …………。

 

 意識が浮上する。

 視界に映るのは闇に包まれた見慣れた部屋。

 

 ……どうやら途中で起きてしまったらしい。


 俺以外のみんなは、全員ベッドの周りに敷いた布団の中で丸くなっていてーーあれ、一人足りないな。

 最悪な想像に突き動かされて外に出てみれば、思いのほかあっさりと目的の少女は見つかった。


「なんだ、サラ。寝れないのか?」


「え、ええまあ」

 

 仄かな灯りの元、窓に広がる漆黒の宇宙を眺めるサラ。

 俺の言葉に、彼女がどこか気まずそうに俺から視線を逸らした。


 ……そういえば年長者のサラだけは最初から俺に反抗的だったよな。

 さっきも一人だけ浮かない表情を浮かべていたし……。

 

 不意に、一つの案が頭をよぎる。

 昼間の恐怖をかき消せる、どこかの小説で見た方法が。



「もし、もしもだ。

 私が道を踏み外したらーーサラ、お前が私を止めるんだ。分かったか?」


「っ」

 

 大きく目を見開き、何かを(こら)えるように俯くサラ。

 そのまま暫く黙り込んだ後、きっとこちらを睨み上げた。


「ローゼ様はひきょうです、かってですっ。

 私達にはローゼ様しかいないのにっ」


 はたして、彼女が見せたのは身を引き裂くほどの慟哭だった。


 目尻に涙をためながら、どこかへと去って行っていくサラ。 


 ……卑怯、か。

 そうだよなあ、ご主人様(おれ)に言われたら断れないよなあ。

 

 あー、やっちまった。


 

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