第四話 名もなき少女たち
分厚い扉の先にあったのは、それまでの清潔感溢れる空間とは程遠い、薄暗く、埃っぽい場所だった。
黒ずんだ赤色一色に染め上げられた部屋。
その中央には手術台のような机が鎮座し、壁には鞭やら鎖やら見たくもない道具が掛けられている。
そして極めつけは、奥に設置された鉄格子の中から顔を覗かせる少女たち。歳は小学校低学年くらいか、貧相な体と服を寄せ合い、怯えた表情でこちらをじっと見つめていた。
悪趣味な部屋に閉じ込められた、明らかに軍人でもメイドでもない少女たち。
まずいまずいまずい。
これはあれだ。間違いなく破滅フラグだ。それも今までのいざこざとは比べ物にならないほど特大の。
全身をめまいが襲うと同時、口から急速に水分が抜けていく。
と、とにかくまずは情報収集、不自然にならない程度で探らないと。
「こいつらは……どうやって集めてきた?
ちゃんと私の指示通りにやったんだろうな?」
「はい。6~10才の女児を対象として、ローゼ殿下のお世話係を大々的に募集いたしました。
数百件にも及ぶ応募の内、特に見栄えの良い12名を採用した次第です」
「っ……」
お世話係、ね。
もし本当にそれが目的ならもっと上の年齢の少女が集められるはずだ。
目の前の道具といい、一体この子たちはナニのお世話をするために呼ばれたんだろうなあ。
あー。マジで最悪だ。
「……こいつらを捕らえて何日目になる?
私が来る前ではどうしていた?」
「最長三日、最短数時間です。
ご指示通り、殿下がお見えになる前までは本部屋で待機させておりました」
仄かに不服そうな心情を滲ませて頭を下げるメイドさん。
そりゃあこんな部屋に何日も閉じ込めろ、と言われたらそうもなろう。
まあでも幸いなのは最悪の一歩手前でその存在に気付けたことか。もし出港した後だったら、本当に取り返しがつかないところだった。
「よし、すぐにこいつらを……」
ーー開放せよ。
そう言おうとして、言葉を切る。
待てよ、今大々的に募集したって言ったよな? それなら国民やら艦隊の仲間たちもこの子たちの存在を知っているのか?
そんな状態で発案者が突然やっぱりやめるとか言いだしたら、下手な不信感を与えかねない、か?
それに、だ。もし仮に開放したとして、この子達はその後どうなる?
皇族のお世話係(女児限定)とか明らかに見えている地雷だ。普通の親なら絶対に避けるだろう。
つまり、恐らくは今目の前にいるのは応募させられた子供達。
そんな家庭環境で生まれ育った子供たちが使命も果たせずに帰ったら、向こうでどんな扱いを受けるかなんて想像に難くない。
かといって、今から受け入れ先を見つけるには時間もコネもない。
出港は明日で、誰か信用できるかも分からないのだ。
さりとて、この子達をそのままにしておくのは論外だ。
自身の安寧のためにも、何よりこの子達のためにも何とか助けてあげたい。
視界に映るのは、ただ嵐が過ぎるのを待つかのように体をこわばらせる少女たち。
小学校高学年くらいの子もいれば、中には明らかに3歳くらいにしか見えない子供もいる。向こうでちゃんと食べられなかったのか、皆が皆やせ細った体をしていた。
ーーここは、ーー
不意に何かの光景が脳裏を掠め、儚く消える。
……なんか腹立ってきたな。自分の子供なのにお金のためにこんな場所に閉じ込めて、教育すらも放棄して、まるであいつらーー
あ、そうだ。
「おいメイド。今すぐ風呂を沸かし、こいつらに合った服を用意しろ。そんな薄汚れた恰好では、私の主人としての格が疑われる。
それとこいつらのための教育用の教材をかき集めるんだ。お前たちメイドの作法とやらを叩きこんでやれ」
開放するのが無理なら、この状況を利用するしかない。
ローゼ・ジンケヴィッツは彼女たちを皆が想像するようなシモのお世話係ではなく、本当に将来のお世話係として雇ったことにしてしまえばいいのだ。
ついでに監視とか適当言ってその授業に俺も出席すれば、ごく自然(?)にこの世界の常識を知ることができる。
一石二鳥。まさに起死回生の策だ。
もしかしたら突然の心変わりに不信感を持たれるかもしれないが、それが善の方向への変化であれば反発も少ないだろう。
「は? ……今、なんとおっしゃいました?」
「だから、風呂と服、それと教材の用意だ。
何だ。それくらいのことも出来ないのか?」
「い、いえ。そういうわけではありませんが……しょ、少々お待ちください。
今他のメイドたちを呼んできます」
「ふん、さっさとしろ」
呆然とした表情のまま、ばたばたと去っていくメイドさん。
うう、さっきから自分が完全に我儘お嬢様ムーブしてて、心が痛てえよ。すまん名も知らぬメイドさん。
ってか、俺に仕えてきた彼女にとってもこの発言は意外だったんだよなあ。
あの募集を出した時点で俺の性格は広く知れ渡っているんだろうし……はあ、先が思いやられる。
っとそれはともかく、今はこの子達の事だ。
威圧感を与えないよう腰を曲げて、彼女たちに笑いかける。
「お前たち、よく来てくれたな。
私がお前たちの主人、ローゼ・ジンケヴィッツだ。
どうやら不幸な行き違いによりお前たちをここに閉じ込めてしまったみたいだが、それもここまでだ。
皇女たる私のメイドになるのだ。私と並ぶに相応しくなれるよう、性根から鍛え直してやろうじゃないか」
相変わらずの上から目線と共に、鉄格子の前に掛けられた南京錠を開けようとしてーー気付く。
あ、俺。牢屋の鍵、貰ってないじゃん。
空中で止められた俺の腕。
俺の言葉の真意を測りかねているのか、顔を見合わせる少女たち。
やがて一人の少女、12人の中で一番小さい幼女がおずおずと聞いてきた。
「ほんとうに、めいどさんにしてくれる、ですか?」
「ああ。このローゼ・ジンケヴィッツの名に懸けて約束しよう」
「ひどいこと、しないですか?」
「当たり前だ。私を誰と心得る?」
頷く度、彼女たちが纏う淀んだ雰囲気が晴れていく。
よ、よし。一応悪いイメージの払拭には成功したらしい。何かした後じゃなくてよかったなあ、ほんと。
しかし、彼女たちの中央に佇む、恐らくはリーダー格の少女の鋭い瞳がこちらを射抜いた。
「それなら、あの道具は何なんですか?
この部屋も明らかにそういう目的で作られていますよね?」
「っ……」
そりゃ、疑問に思うよなあ。なまじそれ目的の設備が見えるから、あんな風に委縮していたんだろうし。
とにかく急いで誤魔化せねば。
「しゅ、周囲を欺くためのカモフラージュだ。
お前たちを鍛えるという私の真の目的を知られるわけにはいかなかったからな」
「……」
俺の嘘八百に、黙り込んでしまう少女。
そ、そんな深い理由はないと思うよ。俺自身も何言ってるかよく分からないから。
額を流れる汗。
数時間にも感じられる沈黙の後、少女はわずかに頬を緩めてこちらを見た。
「もしあなたが本当に噂通りの人でないなら、食事を用意してあげてください。
私はともかく、この子は3日も誰かさんのせいで食べていませんから」
「も、勿論だ。すぐに用意させよう」
こ、こんな小さい子たちに断食させやがってっ。
俺は体の持ち主への怒りに突き動かされ、メイドさんの元へと走った。
かくして、悪逆令嬢と忌み嫌われてきた彼女は原作とは違う道を歩き始めた。
はたしてそれが何をもたらすか。まだ誰にも分からない。