§5-9. 綺麗
すべての灯籠に火が灯ったことを確認して前夜祭は無事終了。あとは自由。即時帰宅をする生徒も居れば、この雰囲気にもう少し浸っていたい生徒もいる。20時までには学校を後にすれば良いということはなっているので残る生徒の方が多い。
「いやぁ、朝倉くん!」
確認を終えるなりの第一声がコレ。全く以て元気なのは我らが生徒会長、雨夜蓮だった。
体力がすごい。こっちはいろいろと気疲れをしていて、それが体力の方にも影響を出しつつあるというのが現状。ゆらめく灯りを見ていたらだんだん眠気を覚えてきそうだったくらいだが、今ので若干吹き飛んだ気もする。
ところで、何だろう。
「綺麗だよねえ」
何を言うかと思えば、存外平和な話題だった。
「綺麗ッスねえ」
しかし会長は、その平和がちょっと揺らぐような笑みを見せてきた。
「どっちが綺麗?」
「……『どっち』とは?」
嫌な予感はしているが、こちらからわざわざ尻尾を出して掴ませてやるつもりもない。
「そりゃあ、もう。共同作業の相手のことに決まっているじゃないか」
ドラマとかで以前はよく見ていたような、面倒くさい中間管理職みたいなこと言い始めた。こういう前時代的なネタって、一時流行ってた結末まで見てスッキリするタイプの再現ドラマならまだ出てきたりするんだろうか。
「それ、セクハラって言われないようにしてくださいね」
だからこそ釘だけは刺しておく。
「ご忠告ありがとう」
――あんまり刺さってなさそうだけど。
「……でも実際、夜にここまでの数の灯りがあると違うよね」
「ですね。それはもう」
炎のゆらめきが再現できているタイプの照明器具を使っているのだが、それが雰囲気を引き立たせるというか。ホンモノの火のような温かみがあって、見ていると――うん、やっぱりちょっと眠くなってくる。これでぱちぱちと言う薪が燃える音でも聞こえてきたらいよいよ寝てしまいそうだ。
「朝倉くんは、自分のクラスの灯籠制作には入れた?」
「あー、買い出しくらいしか協力できてなかったですねえ……」
「そうか……。それは申し訳なかったな」
「いえいえ、そんな」
急に謝られてしまい、こちらが恐縮する番だった。
「生徒会のシゴトにがんばってもらいすぎちゃったなぁ、って反省しているんだよ。これでも」
「いやぁ」
「あ、朝倉くん……だっけ。あんまり気にしない方がいいよ~」
ちょっとだけ神妙になりかけた雰囲気を一気に吹き飛ばす声。たぶんだが、以前俺のことをすでに生徒会役員になっている生徒だと勘違いした人だ。
「どうしてです?」
「この人、『また本棚作ってもらおっかなー』とかよく言ってるから」
盛大な告げ口をカマして、救世主は去って行った。
「……会長?」
「ハハハ、面白いことを言うなぁ」
「……」「……」
「だって~。頼もしいんだもん」
「『だもん』じゃないですよ、まったく」
案外駄目な人だな。隙があった方が人として魅力があるとか何とか言われるけど、この人の場合は隙とか油断とかそういう感じのギャップではないと思う。
でも人気あるんだよな、この人。困ったもんだ。
「頼もしいと言えば、彼女もそうだけどね」
言いながら会長はその視線を俺の背後に送る。合わせるように振り向くとやや遠いところ、何やらゴミ掃除でもしているような立待月瑠璃花がいた。
ギャップと話ならば立待月も負けていないとは思う。アレもアレで人気はあるんだよな、困ったもんだ。
「手伝ってあげなくていいのかい?」
「……じゃあ、行ってきます」
「そうしてあげて」
あっさり解放されるとは思わなかったが。まぁいい。チェックは必要な対象だが、とくに話すようなこともない。不審にならない程度に会長から目を離さないようにして、俺は一度ステージ裏の用具入れを経由してから立待月のもとへ向かった。
「オッス」
「……あら」
「これ使うか?」
「え?」
差し出すのは軍手とハイパワーな懐中電灯。スマホのライトでも悪くはないんだが、こういうときはやっぱりホンモノの方が良い。
「気が利くわね」
「意外だろ?」
「自分で言っちゃダメでしょ」
お礼に苦笑いを返された。
「……さっき、会長と何話してたの?」
「何にも。マジで取り留めの無い雑談」
「ふぅん……」
立待月も会長からは目を離さないようにしていたらしい。チラチラと視線のようなモノは感じていたが、少なくともそのひとつは立待月だったらしい。
「綺麗だよな」
「えっ。……ああ、灯籠ね。そうね」
「いや、まぁ……。それでイイよ」
「何よそれ」
あの人のノリに中てられても、イイことはとくに無いらしい。そりゃそうだ。
「あ、そうだ。何時くらいに出る?」
「そっちの作業は?」
「もう無いわよ。一般生徒と同じでこっちももう自由解散していいことになってるから」
「ゴミ拾いとかは?」
「これはちょっと目に付いたからやってただけよ」
自発的な良い行いだったか。なるほど。てっきり実行委員とは別に役員だけの残作業でもあるかと思っていたのだが、それなら話は早い。
「じゃあ、さっさと帰らないか?」
「……そうね。どうするの?」
「あの映画風にしておくか」
「無難ね」
「慣れたモンだな」
「見つからなければ良いのよ」
「悪いことを言う」
「先に悪いことを教えてくれたのは貴方でしょ」
おっしゃるとおりで。
〇
生徒数が多いときに見つかるとやや面倒なこともあって、できたら人の数が少ない頃合いまで待った方が良いのは事実。学校祭の活動に生徒会の手伝い、あるいは部活などが重なればそれ相応に遅い時間帯になるので、今まではそこに意識を向けることもなかったが、今日はちょっとだけ状況は違った。
俺たちはもはやスニーキングのプロだなんて言うつもりは無いが、ほとんどのヤツらが仲間内での話に興じていたおかげであっさりと駐輪場までやってくることができた。
「ラッキーよね」
「間違いない」
この時点で見つかるのはあまりよろしくない――と俺は思っている。姿を消してみたり飛んでみたりするのなんて御法度中の御法度だし、そもそもふたり乗りをしようとしている時点で先生に見つかるのもアウト。ここまでの移動で立待月の羽根を使わずに来られたのはかなりのラッキーだった。
「念のためやっておくわ」
「助かる」
ロックを解除している間に立待月もスタンバイ完了。陰になるような場所まで移動したところで立待月に乗ってもらう。
――翼を展開。
正直、最初の頃は本当に周囲から見えていないのか不安ではあった。
なにせ俺の目には明らかに、緋色の翼が広げられているのが確認できるからだ。
ペダルを踏み込み、自転車は加速を始める。
それに併せるようにして立待月も優雅に翼をはためかせる。
駐輪場が途切れて他の生徒も見えてきそうなくらいで、ふわりとした感覚が支配する。
――飛んでいる。
グラウンドの上で螺旋を描くようにして高度を上げていく。
眼下にはたくさんの灯りが見える。まるで夏の夜風を受けるようにしてゆらゆらとゆらめいているように見える。
「綺麗だな……」「綺麗ね……」
「……ん?」「……え?」
同時に言って、同時に訊く。
「いやぁ、まぁ。……真上から見るって、無いじゃんふつう」
無駄な弁明をしてみれば、背後の雰囲気が和らぐのを感じる。
「ドローン映像でもないと無理よね」
「生徒会の機材でドローンって無いのか?」
「……たしか無いと思うけど、どうだったかしら。もしかしたら先生の私物とかならあるかもね」
「それは、たしかにありそうだ」
教職員の趣味までは把握していないが、誰かしらは持っていそうな予感はある。
「最終日貸してくれそうな人がいたら頼んで飛ばしてほしい、って言ってみようかしら」
「イイと思う」
学校紹介映像とかにも採用しやすそうだ。
そんなことを思いながら、後ろの立待月に目を向けてみる。
いつも通りの横乗りだが、いつもと違うのは制服ではなく浴衣である点。
解っているのにドキッとするのは、俺がバカなだけだろうか。
男子生徒のみならず、女子生徒からも今日はしっかりとした黄色い声援を受けていた立待月。
今この姿を見ることが出来ているのは、世界でたったひとりだけ。
「まぁ、俺たちだけで独占するっていうのもオツだと思うけどな」
「……ふぅん」
やっぱり俺はまだ、さっきの会長のオーラに中てられてしまっているようだった。