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§1-3. 窮地2: 体育館裏の光景



 さっさと部活に出たいのに――。そんな気持ちを抑えながら、俺はやたらと大きなゴミ袋を持って足早に階段を駆け下りる。一旦生徒玄関に向かって自分の外靴を持ち、そのままの流れで職員玄関脇にある通用口へと向かった。


 そこそこ急な坂道のゴール地点にあたる小高い丘の上。そんな立地に在るウチの高校――公立()(こう)(さか)高校の校舎は少々複雑な構造をしているが、場合によってはそれを利用することで裏道的なショートカットができることもある。


 掃除後のゴミ集積と回収を行う場所はふつうならば外靴を持ってそのまま玄関を出てぐるりと校舎を周回するようにして向かうが、この通用口をこっそりと使うことによって大幅に時間も距離も短縮できるのだ。ちなみに俺は部活終わりの雑談中で覚えた。知っている生徒は知っているという類いの知識(ヤツ)だ。


 直前のホームルームがやたらと長引いてしまったせいで、掃除に入るのも遅れた。かなり急ピッチで済ませたが、それでも20分くらいは他のクラスより遅かったと思う。ゴミ収集業者は16時には行ってしまうので、正直ギリギリなラインだった。


 今回もこっそりと短縮ルートを使って用事を終えて早々に部活に出よう。そう思っていたところだった。


「……ん?」


 校舎の角のその向こう辺りから、何やら声がする。


 妙に真剣味のある男子の声だった。


 ――察する。これは鈍感なヤツ(ラノベ主人公)だとしても比較的簡単に察することが出来るはずだと俺は勘付いた。


 校舎裏でやたらとマジな男子の声とくれば、これはもう告白とかいうヤツだろう。


 イマドキ、校舎裏に呼び出しての告白か。


(めい)(わく)だなぁ……」


 ため息を混ぜながら思わず本音を口に出してしまった。


 リア充は等しく爆発しろということを言うつもりもないし、決して『青春ごっこはひとりで静かにやってろよ』とかいう呪詛と嫉妬にまみれた台詞を投げつけようというわけではない。


 単純に通行の邪魔だと思っただけだ。


 告白の現場的な雰囲気を、不意に現れた部外者に壊されることを求めているヤツなんていないだろう。だけどそうしなくてはならない可能性が出てきてしまっているという事実がそこに転がっている。


 何せ彼らが今青春イベントを起こしているその場所は、まさしく俺が今からショートカットのために通ろうとしているところだ。ここまで来てしまった手前どうにかしてそこを通らないと行けないが、さすがに彼らに見つからずに行くことはできないだろう。


 それにしても、どうして呼び出し場所としてそんなところを選んだのだろうか。知っている人は知っているレベルとはいえ、あれは抜け道のメッカのような場所だ。今日は俺しかここにはいないが、運が悪ければ他にも人は来るだろう。そのたびごとに見られたり聞かれたりするような場所なわけだ。もう少し計画的にやれよと言いたくなる。


 しかし、時間は待ってくれない。今から生徒玄関側に回ることも一瞬考えたが、間に合う保証もない。だけど急がなければ、このゴミを教室に持ち帰らなければ行けなくなる。それだけは絶対に避けなければいけない。


 ――ゴミ袋で顔を隠しながらささっと駆け抜ければいいのか?


 現状まともな作戦はそれくらいしかない。そう思ってこっそりと校舎の壁に身を隠しながら、イベント発生現場を覗き見る。


 その結果――。


 ため息と、驚きの吐息が漏れ出そうになるのを必死に堪えた。


 こちらに背中を見せていたのは白いワイシャツ姿。つまり男子。あれでは誰かわからないので、便宜的に青春男子野郎とでも呼ぶことにしておく。


 こちらを向いているのは告白される側、つまり女の子の方。だからこそ俺からもその子の顔はハッキリと見えた。そこそこの距離はあったが何せ目鼻立ちがハッキリとした人だし、何よりもその金髪めいたロングヘアーでもう明らかだ。


 ()()()()()()、『学園の天使』。


 よりにもよって彼女が今回の告白を受ける側だった。


 もういろいろとマズい。どうしようもない。


 見つからないようにするのは不可能だし、見つかったときの被害も大きそうだ。


 何より今日の彼女にとって俺は、体育終わりの覗き犯の一味みたいなモノだろう。


 もちろんあの時の彼女から俺の顔がハッキリ確認できた保証はないし、そもそも彼女が俺のことをそこまで深く知っているとは思えない。とはいえ、学級委員をやっている流れで学校祭実行委員にもなっていて、学校祭実行委員の管理は生徒会がやっている。そして彼女は生徒会役員でもあった。


 ――()()()()()、いろいろとマズいわけだ。


 スマホを見ればもうすぐ業者が帰って行ってしまう時間。ここで告白の行く末を指くわえて見ている暇はない。だけど出て行くこともできない。そんな状況だった。


 何か他に、一発でこの状況を打破できる名案が降ってきてくれないだろうか――――!


 ――『キィンッ!!』


 別に俺が名案を閃いた音が具現化したわけではない。


 シンプルに、金属音。


 突然遠くから甲高い音が聞こえた。


 音がした方向にあるのはグラウンド。


 あんな音を出すのは野球部が打ったボールくらいだろうか。


 っていうか野球部、お前ら打撃練習やり始めるの早くないか? もうアップ終わったのか?


 だけど――どうやらそんな悠長なことを考えている場合じゃないらしい。


 明らかにこちらに向かってそのボールが飛んできている!


 しかもその先に居るのはあの青春男子野郎。


 あのままだと背中か、最悪なら後頭部直撃ルートだ。


 ――何なんだ、徹底的に今日の俺はボールに呪われてるのか。


 それならば、この状況を全部()()してやるまでだ。


 小学生のときから続けているバドミントンで磨いた瞬発力を舐めるな――そんなことを思いながら俺は駆け出した。


 誰かがいきなり出てきて驚いているのか、『学園の天使』がぱっちりとしたその眼を殊更に大きく丸くする。その様子に青春男子野郎も何かに気付いたようでこちらを向く。


 ――いや待て、お前はこっちを向くなバカ。背中の打撲で済むかもしれないケガを顔面骨折にクラスアップさせたいのか。


 彼らのところに辿り着くのと白球がこちらに到達するのはほぼ同時だった――が、寸前のところで持っていたゴミ袋をボールと彼らの間に突き出すことには成功した。



 ――『ぼすっ』



 弾き出されたときの音とは比べものにならないくらいに頼りない音。でも、今このゴミ袋はこの上なく頼れる存在だった。破けないかどうかを気にするべきだったことはボールが当たってから思い出したが、何とか()()()()()にならずには済んだ。


 すべての衝撃を吸収し、ボールは見事に青春男子野郎の足下に落ちた。バドミントンのネット際のプレイは得意だが、こんなところに生かせるとは思わなかった。


「ふぅ……」


 一瞬の賢者タイム。


 さらに、静寂。


 ――そして、天使と、目が合った。


「あっ。あー、いや。そのー……」


 背中が妙にひんやりする。夏なのに。汗がひとすじ流れていくのをしっかりと感じる。その道筋が凍り付いていくような感覚もしっかりとわかる。


 何だコレ、生き地獄か。


「あ、あとはお若い人同士でー」


 無言。


 いたたまれない。


 っつーか、何だその台詞。ヘタクソか俺。


 彼女と視線がガッツリ合ったとき、その眉根がぴくりと動いたのを見逃せていればもう少し落ち着いて反応できたかもしれない。でも残念なことに、あの反応は『あの時、あのニンゲンが俺であることを見ていた』証拠である可能性しか感じられなかった。


 不意に脳裏を過った言葉は『三十六計逃げるに如かず』だった。


 ――ダッシュ!!


 もう構ってられない。どう考えてもお見合いのときの両家の母親が立ち去っていくときの捨て台詞と同じ類いのモノだったが、そんなことも気にしていられない。


「あ、ちょっと……!」


 俺を呼び止めるような声も聞こえた気がするが、そんなモノに構っている暇はない。


 何より俺は、この()()()を制限時間内に収集場所へと持って行く義務があるのだから。




     〇




 ありがとよ、スーパーヒーロー。後は処理場で達者で暮らせ――。あ、ムリか。


 そんなこんなで今度こそ窮地を脱した俺は、ようやく正式に本当の意味での放課後を、()()()迎えることができた。


 まさに地獄からの生還を果たしたわけだったが、そんなことをわざわざ口にする意味もない。どうしてそんなことになったんだという話をし始めたら、どちらの展開にも『天使』の顔と名前が出てくるわけで、当然傍迷惑なことはできない。


 メンタル的な疲労でそもそも口を開く気にもならなかったというのも、理由には含まれている。部活仲間には若干心配されたが、どうにか乗り切れたとは思う。口を割らない自信はあった。


 だからこそ、こんな窮地は絶対にやってこないと思っていたのだ。




 3度目となる窮地は、完全に油断したタイミングでやってきた。




 6月17日、月曜日の朝。


 生徒玄関、蓋付きの下足入れの中。




 入っていたのは、便箋が1片。


 その差出人こそが、立待月瑠璃花だった。




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