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§2-8. 日常への侵食



 二の句が継げないとはこのことか――なんて考えられている俺は、意外にも冷静らしい。


 もちろん驚いてはいる。


 そりゃそうだ。どう考えても、今俺の目の前に居る少女・()()()()()()はどう見てもニンゲン――たしかに、一般的なニンゲンよりも美しい造形はしていると思うけれども、それはさておき――である。それは間違いない。


 ただ、いろいろ見せつけられたモノ――瞬間的な高速移動とか、翼を使った飛行とか、そもそも背中に翼があることとかを考えれば、明らかに一般的なニンゲンではないわけで。


 そんな夢物語でしか描けないような様子を実際にこの目で確認させられては、どれだけファンタジックなことを言われても信じるしか無いわけで。


 現実として受け止めるための大きなスペースを予め脳内のどこかに確保できていたと思われる俺は、この情報量の多さでも何とか収めることができたということらしい。


 ニンゲンって、案外都合の良い生物らしい。


「……案外驚かないのね」


 立待月は意外そうに言う。相当なカミングアウトをしたわけで、その反応も理解はできた。


 俺の反応は、見方を変えれば単純に『諦めの境地』というヤツなのかもしれないが、それはそれである。ネガティブかポジティブかで言えば、俺としてはそこまでネガティブな感覚は無い。あくまでもナチュラル。


「まぁ、事実を突きつけられて、それでなおも突っぱねたところでなぁ……」


 むしろ気になっていたところに答えを出してもらえた安堵感があるかもしれなかった。


 深紅の翼(アレ)は、見間違いでも気のせいでもなかった――と。


「あと、……怖がったりもしないのね」


「それは無い、かなぁ」


 それこそ人外的な見た目をしていれば怖がる余地もあるのかもしれないが、今目の前に居るのは案外話しやすいことも解ってきた同い年の女の子なわけで。


「すげえなぁとは思ったけど、少なくとも怖いとは思わないな」


「……案外肝が据わってる方?」


「ホラー映画は然程得意な方じゃ無いぞ?」


「そういうことじゃなくて」


 じっとりとした視線を向けられた。そこまで買われるような性質でもない気がする。


「なんつーか……、だって、その力を使って俺の命も助けてくれたってことだろ? しかも、俺にそういうことがバレてしまうことも承知でさ」


 あの場面――脱輪したタイヤが真っ直ぐに俺のところに向かってきたとき、自分の生き死にに関わることなのであまり考えたくはないが、立待月はあそこで俺を無視することもできた。そうすれば、今この場で俺に彼女が話してくれたような『自分にとって致命的になりえる情報』を明かす必要は発生するはずがなかったわけだ。


「ちょ。う、うぬぼれないでくれるっ?」


「……ぉ?」


 何か、空気が変わった、ような。


「私は別にそういうつもりでやったわけじゃないし。……そのままあそこで貴方に死なれても寝覚めが悪いでしょ? だからよ。助けたとかそういうわけじゃないの」


「ほー……」


「……何よ。文句ある?」


「いえいえ、なぁにもございやせん」


「何かムカつくわね、その言い方……」


 まぁ、そういうことでも別に構わない。たしかに立待月にとっての俺は何か恥ずかしいところを見てくれやがったヤツでもあるが、そういうヤツに目の前で死なれるのもたしかに気分は悪いかもしれない。


 だから俺は、少しでもそう思ってくれた(かもしれない)立待月に対して宣言をする必要がある。等価交換にはなっていないだろうし、俺の自己満足に過ぎないだろうけど、それでも言いたかった。


「俺的には、言ってくれて安心した。当然だけどいちいち言いふらすような真似はしない。これは絶対だ。できたら信用して欲しい」


 しっかりと立待月の顔を見つめながら、できるだけ真剣な口調とトーンで言ってみた。正直、照れる。やっぱり『学園の天使』なんて呼ばれるだけはある。


「わざわざカミングアウトしてくれたんだから、それは当然……な」


「……そう。ありがとう」


 立待月は淑やかに微笑んだ。


「あと、俺としては、どうしてそれを言ってくれたのか、ってことも気になってるけど」


「……」


 明らかに言いづらそうな雰囲気を醸し出して、立待月は視線を逸らす。


 そうだろうよ。別に俺も、その質問への回答は期待していない。


「言いづらかったら全然構わないよ。知らない方が良いこともあるからな」


 ああ、何だ。


 むず痒い、この雰囲気。


「まぁ、……水着姿をがっつり見たヤツにンなことを言われても、って話だろうけどな」


「そ、それはいちいち蒸し返さないっ!」


 ――怒られた。


 まあイイや。これくらいがちょうど良いんだ、結局。





     〇





 翌日、6月19日。水曜日の朝は予想外に清々しかった。


 胃腸の調子も良い。胃薬は昨日の夕食後にも飲んでおいたが、その段階ですでに問題は無かった。


 大爆睡をカマして、それでいて最初の目覚めは比較的良かった。ただしその目覚めの時間が中途半端だったせいで思わず二度寝までカマしてしまい、結局寝起きはイマイチになるという醜態をさらさなければ最高だった。とてももったいない。


 しかしそのおかげというか何というか、だいぶ余裕を持って家を出られたのは良かった。いつもよりゆったりとした気持ちでペダルに力を込めていく。昨夜はキレイに星も見えていたおかげで、夏だというのに駆け抜けていく朝の風が気持ちよかった。


 眠い目は信号待ちで擦る。欠伸はしっかりと両足をペダルから外してからする。一応安全運転は心がけている。間違っても『眠気覚ましにはスピード感が大事』なんてことは思わない。俺は実際、そんなアホなことをした結果大怪我をするハメになった同級生を見ていた。


 しかし今日は信号によく捕まる。少し大きめの通りでは必ずと言って良いほど赤信号にかち合っている気がする。いつもは間に合いそうな青信号も間に合わない。さすがにペースが遅すぎるのだろうか――。


「おはようございます」


「……ん?」


 ぼんやりと信号を眺めているところで、不意の声がした。


 明らかに聞き覚えのある声。むしろ最近では聞き馴染みが出てきたと言っても差し支えないのかもしれない声。


 朝に聞くにはベストかもしれない、透き通った声だった。


「おはようございます、(あさ)(くら)くん」


 しっかりと名を呼ばれる。


 声がする方を見る。


 俺の真横に、立待月瑠璃花。


「え?」


 彼女は思ったよりも近くにいて、声が引っ繰り返る。そのまま自転車ごと引っ繰り返らなくて良かった。


「どうした」


「珍しい人に会ったと思って」


 なるほど、普段の立待月はだいたいそのくらいの登校なのか。


「……昨日はありがとうね」


「どうってことない」


 少しマジメなトーンで言われたので、俺もそれに併せる。


「カッコ付けちゃって」


「そういうつもりはない」


 併せただけなんだけどな。まぁ、いい。


「昨日朝倉くんも言ってくれたからアレだけど、昨日のことは絶対に他言無用でお願いします」


「それはもちろん。わざわざ言いふらす必要なんて無いことだからな」


「うん。信用してる」


「……ぉ」


「何よ、その反応は」


「他意は無いから」


 ――ただ、まさか信用してると言われるとは思っていなくて、そのせいで少し動揺しただけだ。気恥ずかしいから口には出さないが。


「……ところで、物は相談なんだが」


「何かしら」


「何だか俺までしっかりと目立ってしまっている気がするんだが」


 片側3車線の国道を渡る、やたらと長い赤信号。信号待ちの一部はウチの生徒。そうなると大多数は立待月瑠璃花の存在を知っている。しかし、その立待月と話をしている男子生徒、つまり俺の学内一般知名度は中の下程度のはず。


 当然のように俺が受ける視線は、『何だアノヤロウ』である。


 非常に居心地が悪く、現実は非情だった。


「……だったら、そのまま私といっしょに生徒会室まで来てくれない?」


「いや、なんでそうなる」


 まるで同伴――。


「変なこと考えてる?」


「んなアホな」


 自分に言い聞かせるように言う。


「学校祭実行委員の仕事の話をしながら行くのよ。そしたら『ああ、役員の仕事でお呼びがかかっただけか』って思ってくれるでしょ」


「ああ、なるほどね」


 それならば確かに流れとしては自然――。


 ん? あれ?


 ――俺、もしかして今、さらっと仕事を押しつけられました?


 気のせいだよな?




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