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§2-4. 眩暈と飛来


 ホームセンターへ向かう手段は徒歩。()()()は軽やかに、俺は自分の自転車を押しながらだ。時間は少々余計にかかるかも知れないが、余程のことがない限り強制下校時刻の18時には間に合うはずなので慌てない。


 もちろんふたり乗りもアイディアとしてあったけれど、さすがに諸々の事情を鑑みた結果無事に俺の脳内で却下された。そもそも『生徒会役員として示しが付かないでしょ』なんて台詞とともに断られるだろうという予想も立つのだ。


 もちろん、(やま)しい想像なんてしていない。


 結局然程会話も無いままに、結局20分ほどで目的地に着いた。


 だいぶ早いな、というのが率直な感想だった。俺もわりと歩くのが速い方だが、立待月も負けず劣らず速い。というかたぶん立待月の方が速そうな気がする。俺の息はそれなりに上がりつつあったが、あっちはそれほどでもない。


 すげえな。日頃からランニングとかしていたりするんだろうか。


 これでもそこそこ体育会系男子だと自負しているが、このままだと名折れだ。もう少しランニングの量を増やすべきなのかもしれない。


「ところでなんだけど」


「うん?」


 店内用のカートをひとつ確保したところで立待月が訊いてきた。


「私、ここに来るの初めてだから、いろいろ案内とかしてくれると助かるのだけど」


「え? あ、そうなんだ」


 このホームセンターはいわゆる郊外型の超大型店舗であり、それ故出店していない地域の方が多い。都心方面からわざわざやってくるお客さんも多いと聞いている。


「何? 何か?」


「文句とかがあるわけじゃないから。そんなに怒らんでも」


「別に怒ってないし」


 ぷいっとそっぽを向くその態度は、ちょっと怒っていそうにも見えるのだが。だったらへそを曲げただけと思っておいた方が良いのかもしれない。


「行く機会が無かったってだけの話よ」


「珍しいね」


「そう? 別にひとりだったら、そんなところまで行かなくても済ませられるしね」


「それなら確かに近場とかスーパーとかでも済むか」


 普段の買い物ならばたしかにそこまでしなくてもいいだろうし、今すぐ欲しいのでなければネットでも充分だろう――と納得しかけたところでひとつ気になった。


「……ん? ってことは、立待月って結構遠方からこっちに来てたのか?」


「そうよ」


 それは知らなかった。知る機会もなければ、知ろうとする理由もとくにないから当たり前なのだが。


「学生寮とか下宿とかそんな感じか」


「……まぁ、そんなところよ」


 若干違っていたらしいが概ね正解でもあるらしい、そんな反応が返ってきた。事細かに彼女のプライベートを聞き出したいわけでもないのでこの辺りで充分だ。話を戻そう。


「なるほどな。だったら俺に任せとけ。……まぁ、だいたい同じモノ買う感じだからついてきてくれるだけでイイと思うけどな」


「……(あさ)(くら)くんが珍しく頼れそうな雰囲気」


「珍しくってどういうことだよ」


 否定しないけど。


「じゃあ、『柄にもなく』?」


「おい」


 それは失礼だろ、ちょっとだけ。


 どうせ冗談の類いだと思う――というかそう思いたい――のだが、少しは怒ってます的なポーズを取ってみる。無言でカートを押しつつ店内に入る。奥の方は霞んで見えるといえば当然大袈裟だが、それくらいに広い店内をずんずんと進んでいこうとしてみる。


「あ、ちょっと待ってってば」


 案の定だが、立待月が慌てて付いてきた。


「付いてくるだけでイイって言ったくせに」


「柄にもなくとか言うからだ」


「あはは……、ごめんね」


「別にいいよ。さすがにマジとウソの区別は付くって」


 何はともあれ買い物だ。何よりスピード感が大事。さすがに手早く見つけていかないと余計なタイムロスになってしまう。下校時刻に間に合わないということだけは避けなければ。


 入り口の近くにある事務用品系のエリアから回ってリストの商品をガンガン突っ込んでいく。


 立待月のクラスは追加の軍手が欲しいということなので園芸コーナーと工具系コーナーに向かってそれぞれお徳用をお買い上げ。滑り止め付きのモノとそうでないモノ、それぞれ必要だということだったので2箇所での購入になる。地味にその方が安いのだ。個数もたくさん入っているので今後の買い足しの必要性は下がるし、コスパも良いので言うこと無しだろう。


 後はウチのクラスで要望が出ていた釘とかネジとかの細かな部品の類い。


 それにしても、サイズの指定がしっかりと出来ているのは優秀だ。


 いったい誰がこのリストを作ったんだろう。間違いなく言えるのは、これを書いたのはきっと『解っているヤツ』だろう。


「……慣れてるのねぇ」


 膨大な種類のあるネジを吟味する俺を見ながら、立待月が呟いた。


「ん?」


「よく見分けが付くのね。これとこれなんてほとんど同じじゃない?」


「太さが違うのは結構重要。あ、戻すときは絶対に間違えないようにな。もしわからなくなったら、そこにあるプラスチックの入れ物に突っ込んでおいて」


 言いながら、立待月の目の前にあるケースを指す。


 いくらか吟味をしていてどこの棚に戻すかわからなくなった商品は、無理矢理自分で見分けて戻そうとせずにおとなしく店員さんに戻してもらおうな。勝手にやって間違ったところに戻したら他の客の迷惑なのだ。これはスーパーとかでも同じ。好き勝手なところに放置したらそれは廃棄の対象になってしまう。ありとあらゆるところに迷惑をかけるだけなので、絶対に止めよう。


「こういうところってよく来るの?」


 立待月は言いつけを守りつつ、また訊く。


「そう……、だなぁ。小さい頃からよく来てるな。両親ともホームセンター好きでDIYとかも結構するから自然とな」


 父なんてとくに、土日にホームセンターの広告が入ってくればほとんど欠かさず見に行っている。時々割と値が張る工具なんかを買ってきてはよく怒られている。


「じゃあ朝倉くんもDIYするの?」


「時々。工作類はけっこう得意な方だぞ」


 小学校の図工の工作部門とか、中学校の技術科とかはかなり良い点をもらっていたのがそれなりの自慢だ。


「少々の棚くらいなら図面無しで作れるな」


「お父さんとかの指導?」


「だな。あとは完全に自己流」


 きっと細かい道具の使い方とかは間違っていることもあるのだろうけど。


「何か、……良いわね、そういうの」


「……おぅ」


 愛想笑いみたいな話の締め方をしてしまって少し申し訳なくなったが、さすがに許して欲しい。妙にしみじみと言われてしまって、反応に困っただけなんだ。





     〇





 無事に買い物は終了。領収書の切り方は立待月に直接訊きながら出来たので安心だ。これで間違いがあったら、とりあえず彼女のせいにできる。


 帰り道ももちろん徒歩。荷物は自転車のカゴへ。これで立待月は無事に手ぶらだ。


「重くない? けっこう(かさ)()ってるけど」


「サイズはあるけど基本軽いヤツばっかりだよ」


「そう? それなら良いけど」


 面倒なモノが無くて助かったくらいだ。むしろこれなら立待月のクラスのモノも俺がチャリに乗ってひとっ走り行ってきた方が速かったまでありそうな気もするが、さすがにそれをやると後々面倒なことも起きそうだ。たしか、他クラスの買い物を請け負ってはいけないとか、そんな小さなルール付けはあったはずだ。あんまり覚えていないけれど。


「じゃあ任せるわね」


「任せとけ。頼りがいはないかもしれないけどな。泥船よりはちょっとマシな船だと思ってくれ」


「……朝倉くんって結構根に持つタイプなのね」


「ウソだって。……まぁこの感じなら、5時は過ぎると思うけど『はじめてのおつかい』は無事にミッションコンプリ――……」




 ――バキッ。




「ん?」


 妙な音が聞こえた――気がしたんだが、何だ。


 やや遠い方から聞こえた気がしたが……?


「……んん?」


 そして続いて、一瞬だけ、眩暈(めまい)がした、ような。


 浮遊感とでも、言うのだろうか。


 足が地面に着いていないような、不可思議な、感覚。


「え?」


 ぼんやりとした思考が辺り一面に広がりかけて――。


 ――ドガシャンっ!!


 そんな思考を一気に引き摺り回すような、轟音。金属音も混じっているような音。


 何かが通り過ぎて行ったような、気配。


「な、何だ……?」


 理解をどうにか現実に追いつかせた結果、俺の目に見えたのは――。


 樹皮を抉られた街路樹と。


 交差点付近でボンネットあたりを大きくへこませた自動車と。



「タイヤ……?」



 その傍らに転がっている大型車用のタイヤだった。

 

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