一次試験(1)
選姫の儀は大きく三つの段階に分けられる。
一次試験では被推薦者全員の舞を楽舞局の人間が審査し、二次試験に進める合格者二十名を選ぶ。
二次試験では課題曲が四曲与えられ、その中から選んだ一曲を披露する。二次試験の合格者五名が本選に進む。
本選は約一月かけて行われる。期間中候補者達は白月殿という選姫の儀のために用意された館で生活し、外に出ることは許されない。その時によって方法は変わるが、基本的に期間中に複数回舞を披露し、総合的に評価が高かった者が舞姫となる。
そのような基本的な内容をセンナはムジナから聞かされていたが、まさか一次試験にこれほどの人数が集まるとは思っていなかった。
「ちょっと、そこどいてよ」
「あっ、ごめんなさい」
センナの横を派手な橙色の衣に緑の裳を履いた少女が颯爽と歩いていく。
一次試験当日、紫麗殿までムジナに送ってもらったセンナは楽舞局の官人らしき人に案内され、色とりどりの舞の衣装を身にまとった女性たちでごった返す、人の多い空間に慣れていないセンナにはかなりきつく感じられる部屋で待機することになった。
安全地帯と思われる壁際は先に来た候補者達に占領され、知り合いもいないセンナはとりあえず空いてそうな場所に立ち尽くしては慌ただしく支度をしたり知り合いを探して歩く候補者達に邪魔だと言われて謝る、ということを繰り返していた。
一応不審に思われない範囲で周りを見回してみたが、昨日温泉で会った紅莉はいなかった。
(それにしても、なんて上等な衣装…)
先ほどすれ違った少女の着ていたものを思い出し、センナは少し不安になる。
舞の服装は、田舎の陶工の娘であるセンナにはかなり大仰に感じられるものである。
上半身は内衣と呼ばれる袖のある衣を着て、その上から奏衣という袖のない衣を纏い、そのまた上に羽衣と呼ばれる日に透かせば向こう側が見える程薄い布を羽織る。下半身は裳と呼ばれるひらひらした筒状の布を履き、帯でお腹の周りに括りつける。
選姫の儀に出る参加者は衣装を自分で用意しなければならず、金銭的に余裕のないセンナと両親のためにムジナが知り合いの豪族から練習着を譲り受けてくれた。
手にした時は憧れの衣装を着れるとはしゃいで、今朝もこの衣装を着れるだけで心が踊ったのだが、この部屋に押し込まれた瞬間、センナは自分が着ているのがまぎれもない練習着だと思い知ったのである。
この部屋には豪族のご令嬢はいないと案内人が教えてくれた。つまり、ここにいるのは全員平民なはずなのに、皆色とりどりの真新しい衣装を身に纏っていた。都の流行りなのか、赤や橙、緑、青などの濃い色を選んでいる者が多い。
一方のセンナは、薄萌黄の内衣に柄のない薄黄色の奏衣、薄桃色の裳と淡い色だけの古びた衣装で完全にこの場から浮いていた。
(やっぱり、私なんかが来る場所じゃなかったのかも)
今すぐ逃げたい衝動に駆られるが、故郷を離れる前に両親や幼馴染から貰った激励の言葉を思い返す。今纏っている衣装だって、譲ってもらえるよう交渉してくれたムジナとし衣装のみやほつれを綺麗にしてくれた母のおかげで着れているのだ。
(駄目かもしれないけど、自分にできる最高の舞をしよう)
センナは決意を新たにして、ぐっと拳を握りしめた。
「参加者の皆さん。ご注目下さい」
突然背後から鈴のような声が響き、センナはびくりと背筋を伸ばして振り返った。
部屋の入り口には薄黄色の内衣に群青の奏衣、空色の裳を身に着けた女性が立っていた。センナは自分と似たような色合いの内衣の女性に安心したが、これは楽舞局の女性に定められた正装である。
「これより、一次試験を始めます。皆さんの手元には案内人から渡された番号札がありますね。その番号が貴女方の選考順となります。まず、一から五番の方いらっしゃいましたらこちらへ来てください」
二人の少女が前へ進み出た。
「では他の方は引き続きこの部屋で待機を…とはいっても、この人の多さですから気分が悪くならないよう、この部屋を出て右手にある中庭へなら適度に外の空気を吸いに出て構いません。自分の順番が近くなってきたと思ったら必ずこの部屋にいるように。どんな理由があろうと番号を呼ばれた時点で不在の場合は棄権とします」
そう言って女性はその二人を連れてその場を後にした。
センナは手元の番号札を見る。書かれている数字は五十四、まだ時間はありそうだ。
(良かった。少し外の空気を吸ってこよう)
センナは新鮮な空気を求めて中庭へと向かったのだった。