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都(2)


 センナが着替えてムジナが待っているであろう温泉の入り口の待合場所に向かうと、ムジナは数人の大人に囲まれて、会談しているところだった。


(お爺様は本当に顔が広いのね)


 ムジナの周りの人々は皆都人らしい華やかな着物を身に纏い、仕草もどことなく上品で、一目で田舎者だと分かるセンナはその場に割って入るようなことはできなかった。


(そういえば、表でお饅頭を売っていたような…)


 春とはいえ夜はまだ冷える。両親から僅かではあるが小遣いを貰っていたセンナはそれで何か暖かい食べ物でもムジナに買ってこようと考え、受付の者に伝言を残して外に出た。


「うわあ」


 日も暮れてきたこの時分、故郷の村であれば薄っすらと残る夕日の明かりだけが頼りになるのに、センナの目に飛び込んで来たのは色鮮やかな提灯の灯りだった。


(まるで別の世界に迷い込んだみたい)


 行きかう人々の賑やかな声、あちこちから漂ってくる良い匂い、所狭しと立ち並ぶ建物、全てがセンナにとっては真新しかった。

 饅頭を探そうと歩き出したセンナだが、出店で売っている見たこともない食べ物や、道行く女性の美しい着物、色鮮やかなだけでなく美しい細工を施された提灯など目を奪われる物が多く、なかなか前へ進めない。


「お嬢さん、なにか探してるのかい?」


 ふいに肩を叩かれて振り向くと気の良さそうな母親くらいの年の頃の女性が立っている。


「ええっと、お饅頭屋さんを探していて」


 眉を下げて微笑むセンナに女性は嬉しそうに笑った。


「奇遇だね。うちの夫は饅頭屋なんだ。案内するから是非寄って行ってくれよ」


 センナは目を丸くする。女性はヨギと名乗った。


(都の人は田舎者なんか馬鹿にしていると思っていたけど、さっきの綺麗なお姉さんもこのおばさんもとても感じがいいわ)


「ありがとうございます」


 センナはヨギに連れられて表通りから路地に入る。一つ通りを変えるだけで、賑やかな声も灯りも急に遠く感じられた。


「あの、ヨギさんのお店って遠いんですか?あまり戻りが遅くなるとお爺様が心配されるかもしれません」


 先ほどは都合の良い偶然に気をよくして気づかなかったが、あの通りを離れるのは良くなかったのではと不安になってセンナはヨギに尋ねる。


「そんなに遠くじゃないから大丈夫」


 ヨギは振り返らずに答えた。


「でも、やっぱりお爺様に…」


 強引に腕を引くヨギにセンナはだんだん不安になって足を止めようとするが、ヨギの力は強く立ち止まることはできなかった。


「おい、そこの者達!何をしている」


 センナの後ろから凛とした男性の声が響いた。その声にヨギは立ち止まりゆっくり振り返る。それに倣ってセンナも声のした方を見ると、黒い上衣に腰から刀を下げた背の高い男性が立っていた。日も落ちているのになぜか頭に笠を被っているので顔はよく分からない。


「いえ、この娘が饅頭屋を探していたので案内を」


 ヨギは少し堅い声でそう答えた。


「饅頭屋?それなら逆側の通りにいくらでもあるだろう」


 その男は訝し気にそう言うとヨギとセンナに歩み寄る。


「最近この辺りで若い女性が行方不明になっている。まさかアンタ…」

「滅相もない!私は本当に饅頭屋に案内しようとしただけだよ!あんたこそ顔も見せないで怪しいじゃないか」 


 ヨギの言葉に男は懐から木の札を出した。


「私は兵部局の武官、ライと申す者だ。事件の調査のついでにこの辺りを巡回している」


 木の札にはムジナに兵部局の紋章だと教わった四本足の竜の焼き印が押されていた。相変わらず顔を見せないのが不気味だが一先ず安心だとセンナは息をつく。

 ライはセンナの方を見て口を開いた。


「君はこの辺りの者ではないな。旅人か?先ほども言った通り今は物騒だから連れがいるならそこまで送ろう」

「そうした方がいいね。饅頭はまた今度買いにおいで」


 ライの言葉にヨギは微笑んでセンナの肩を叩いた。


「そうします。ご親切にありがとうございました」

「いいんだよ、またね」


 ヨギはそう言うとさっと横の道に入って姿を消してしまった。


「あ、武官様。ヨギさんも送って差し上げないと」

「もう他の者に行かせてある」


 ライの言葉にセンナが首を傾げると、先ほどまでは誰の気配もなかったのに暗闇から男が一人現れた。センナは思わず悲鳴を上げそうになる。


「ライ様。そろそろお戻り下さい」


 暗闇から現れた男はライの部下らしい。ライは頷くとセンナの方を見た。


「この娘を送り届けたらすぐ戻る」


 部下の男は何か言いたそうな目をしてライを見たが、無言を貫くライに溜息をつくと姿を眩ませた。


「それで、君をどこまで送り届ければいい?」


 センナが温泉宿の名前を告げるとライはこの辺りに詳しいのか迷いなく歩き出した。

 道中の無言に耐えきれなくなったセンナは恐る恐る口を開く。


「あの、この辺りで女性が行方不明になっているというのはいつごろからなのでしょうか?」

「先月の頭だ。この辺りに住んでいる者ではなく旅人を狙っているようだから発覚が遅れただけで本当はもう少し前からかもな」

「そうでしたか。早く犯人が捕まるといいですね」


 センナの言葉にライは小さく笑う。


「君のおかげで明日にでも捕まるだろうよ」

「へ?」


 ライは立ち止まってセンナの顔を覗き込んだ。笠の下から顔が見えるかと思ったが、黒い仮面のようなもので覆われていて顔は殆ど分からなかった。

 ただ、仮面の奥の黒い瞳が面白そうに瞬いたのは何となく分かった。


「鈍いな。さっきの女が誘拐犯だと言っているんだ。まさか、今になっても本気で饅頭屋だと信じていたのか?」

「でも、私に武官様に送って頂いた方がいいって…」

「そんなのあの場から逃げるための口実だろう。普通の町人なら若い娘一人を無骨な男に任せたりしないさ」


(たしかに…)


 ライの言い分には納得したが、ライの言葉の端々にセンナを馬鹿にしたような響きがあり素直に頷くのも癪だったので、センナは「そういうものでしょうかね」と曖昧な返事をした。


「どこから来たのか知らないが、とんだ世間知らずだな。今後はくれぐれも連れと離れて行動しないようにした方が良い」


 ライの高圧的な物言いにセンナはムッとして言い返す。


「武官様こそ、危ない目に遭いかけた年頃の娘への気遣いというものが足りないのではないですか?もし恋人がいらっしゃるならくれぐれもそのような態度を取らない方がいいですよ」


 ライが仮面の奥の目をスッと細めた。


(まずい、怒らせたかも)


 センナは慌てて言葉を続ける。


「まあ、冗談はさておき。危ないところをお助けいただきありがとうございました。実は私、選姫の儀に参加するために都に来たんです。何かの事件に巻き込まれて参加できなかったら、いくら後悔しても足りないところでした」

「選姫の儀に、君が?」


 ライが驚いた様子なのは今更気にならない。センナのような田舎娘の参加者はごく僅かだろう。


「はい。住んでいる村の長が推薦権を持っているんです」


 こんな田舎者には勿体ないですよねと明るく笑うセンナを見てライは少し考えたように顎に手を当てた。


「君は仕草や歩き方が軽やかだし、立ち姿も綺麗だから良い舞手なんだろう。本番前に自分を卑下する必要はない。…大事な舞台の前に妙なことに巻き込んで悪かったな」


 突然褒められて謝られたセンナは驚きで思考が停止する。


「え、いえ…とんでもないです」


 自分でも何を言っているのか良くわからない返事をしてセンナが赤くなった顔を伏せると、ライは立ち止まった。


「ほら、着いたぞ」

「あ、本当だ」


 気が付くと温泉宿の前に二人は立っていた。

「送っていただき、ありがとうございました」


 センナは改めて頭を下げる。


「当然のことをしただけだ。それより、一次試験絶対通れよ」


 顔を上げるとライは仮面の下で微かに微笑んでいるようだった。


「楽しみにしている」


 何を、と問おうとした時にはライの姿は雑踏の中に消えていた。


(変な人…)


 その後、温泉宿に戻ったセンナは一人で外に出たことについてムジナに長々説教され、宿で眠る頃には色んな意味でくたくたになっていた。


(都ってすごいところだなあ)


 温厚そうな楽舞局の長の一人、温泉で会った美しい踊り子、親切に見えた人攫い、センナの窮地に謀ったように現れた武官…。


(うん?)


 ライが現れたのはセンナがヨギに無理やり引っ張られる構図になった後。ライはあの時点でヨギが犯人で、明日にも捕まると言っていた。そしてあの「巻き込んで悪かった」という謝罪。


(もしかして、私は餌にされてた…?)


 自分はつくづく世間知らずの田舎者だとセンナは溜息をついたのだった。



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