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都(1)

 

 選姫の儀に参加すると両親に告げてからは、センナの家も窯の村も大騒ぎになった。

 両親や村の大人たちが「無理だ」「何かあったらどうする」と止めるのをなんとか宥め、ムジナの力を借りて説得し、何とかセンナは選姫の儀に参加するために都に行く許可を貰った。


 そして生まれて初めて長旅を経て、都に到着したセンナはムジナに連れられてある場所に来ていた。


「おっきい…これが、王宮ですか?」


 紫色の柱が特徴的な今まで見たどの建物よりも立派な門を見上げてセンナは感嘆を漏らす。


「いや、これは紫麗殿という。楽舞局の持ち物のひとつで一次試験の会場だよ」


 センナは目を丸くした。


「私、ここで舞ができるんですか?」

「そうだとも」


 ムジナは優しく頷いた。


(私、本当に選姫の儀に参加するんだ)


 故郷の村から都まで約半月。旅の間は初めてのことばかりで、改めて考える暇も無かったセンナはここに来てようやく自分の身に起こった奇跡のような出来事に感動した。


「さて、会場も見たことだし今日は宿に戻ろうか」


 その言葉に頷いたセンナはムジナの後ろから文官らしい男性がやってくるのに気づいた。


「おや、貴方はムジナ殿ではないですか?」


 その男性はムジナの知り合いだったらしく、顔を綻ばせてムジナに声をかける。


「おお、鋒銘殿か。久方ぶりですな…最後にお会いしたのは貴殿が民部局の官人になった時だったか」

「そうでしたね。長い間ご無沙汰してしまいました。今は楽舞局で黄院を務めております」


 鋒銘の言葉にセンナは驚きの声を上げそうになったのを慌てて抑える。


(黄院って五色院の一人ってこと?)


 旅の間に舞姫に関する最低限の知識をムジナはセンナに教えていた。

 五色院は楽舞局の最高権力機関で、その名の通り色の名を持つ五人の上級官人で構成されている。選姫の儀に於いても審査員を務めるだろうとムジナは言っていた。


「これには驚いた。それほどの時が経っていたとは…それとも鋒銘殿の出世が早すぎたのか」

「相変わらずおだてるのがお上手で」


 ムジナの言葉もあながち間違いではない。鋒銘はまだ三十代半ば、上級官人としてはかなり若い部類に入るだろう。


「そちらの可愛らしいお嬢さんはお孫さんですか?」


「いや、窯の村の娘ですよ。センナ、ご挨拶を」


 いきなり水を向けられたセンナはたじろぐ。


「セ、センナと申します」


 とりあえず深々とお辞儀をしたセンナに鋒銘は優しく頭を上げさせた。


「私は鋒銘と申します。そう固くならないで。ムジナ殿には昔とても良くしていただいたんだ」


 朗らかに笑う鋒銘は位の高い官人とは思えない、親しみやすい雰囲気を纏っている。


「この子が緊張するのも無理はない。これから参加する選姫の儀の審査員を目の前にしているのだからね」


 鋒銘は少し意外そうに眉を上げた。


「そういえば、ムジナ殿は推薦権を持っておられましたね。ですが、推薦されるのは初めてでは?」

「ああ。片田舎の村長が口を出すのは憚られてな…だが、どうしてもこの子の才能を無駄にはしたくなかったのだ」


 ムジナの言葉にセンナは一層体を固くする。

 そんなことを言っては鋒銘が大袈裟に期待してしまうかもしれないではないかと、少し恨みがましく思ってムジナを見つめる。


「センナさんはどこで舞を習ったんだい?」


 鋒銘の問いにセンナは恥じ入りながら答える。


「その、正式に教えてもらったことはないんです。食器を届けている芸館で、踊り子をこっそり見て覚えました」

「見取り稽古…ということかな?窯の村は大人が総出で陶器作りをしているから、君も忙しいのに相当頑張ったんだね」


 センナは両手を前に出してぶんぶん振った。


「そんな、褒めて貰えるほどではないんです。一回見れば覚えられるので…本当にただ好きで見ていただけで」


 鋒銘はまじまじとセンナを見つめた。


「一回見ただけで、覚えられるのかい?」

「はい。でも芸館で見られる舞には限りがあって、都で良いものをたくさん見ている豪族の方や本物の踊り子には敵わないかもしれなくて…」


 早口で言い訳のように言葉を紡ぐセンナにムジナは苦笑した。


「これ、しゃんとしないか。鋒銘殿が困っておられるぞ」


 センナは慌てて背筋を伸ばした。


「は、はい!あの、精一杯頑張りますのでよろしくお願いします」


 鋒銘は虚を突かれたようで、一瞬固まったがすぐに微笑んだ。


「ああ。五色院は一次試験でも全参加者の舞を見るから、君の舞を楽しみにしているよ」


***


 鋒銘と別れた二人は宿で休むことにしたのだが、宿屋の主人に選姫の儀の話をすると近場に良い温泉があるから疲労を取るためにも入るといいと勧められたので、温泉に行くことになった。


 温泉は宿屋の主人の言う通り、広くて清潔だが入っているのは庶民ばかりのようで一人になったセンナも安心して温泉に入れた。


「ああ、緊張する!」


 同じ湯船に入っている女性の話し声が耳に入る。


「紅莉さんでも緊張するんですか?」

「当たり前じゃない。選姫の儀なのよ?」

「永瑛館一、いえ都一の踊り子の紅莉さんに勝てる人なんていませんよ!」


 どうやら選姫の儀に参加する踊り子らしい。

 ちらりと伸びをするふりをしながら声の主を見ると、20歳くらいの妖艶な美人ともう少し年下の元気そうな女の子がいた。


(すごい、なんて立派なお胸…)


 センナは思わず自分の胸に両手を当てる。結果は分かり切っていたが、手のひらに余裕で収まる慎ましさに若干落ち込んだ。

 センナが肩を落としていると軽やかな笑い声が響く。顔を上げるとこっそり見ていたはずの美人が目の前にいた。


「あんたくらいの年の子ならこれからまだ成長するわよ」


 何といえばいいかわからずあたふたするセンナに美女は笑う。


「私たちの方見てたでしょう?」

「す、すみません。選姫の儀の話をしているのが聞こえたので気になってしまって」


 美女は僅かに眉を上げた。

「あら、もしかしてあんたも出るの?」

「はい。私の住んでいる村の長が推薦権を持っていたので」


 美女は少し考えた顔をしたが、すぐに手を差し出す。


「私は紅莉、踊り子よ」


 初対面の人と裸で握手するという特殊すぎる状況にたじろぎながら、センナは手を握り返す。


「センナです」


 紅莉にじっと見つめられたセンナは黒い瞳の妖艶な輝きに吸い込まれそうな感覚になる。


「選姫の儀に出る以上、敵ってことになるけどお互い頑張りましょう。それから、豪族の娘達には気をつけなさいね」

「失礼のないように、ということでしょうか?」

「それもあるけど、基本的に豪族の娘達は平民のこと見下してるから。囲まれたが最後、嫌味を言われ続けて日が暮れるわよ。見かけたら回れ右をして逃げた方がいいわ」


 踊り子である紅莉は豪族と話す機会もあるのかもしれない。嫌なことを思い出したように顔を顰めた紅莉にセンナは頷いた。


「紅莉さん、もう出ましょう!体がふやけそうです」


 紅莉の連れの少女が声をかける。紅莉は「そうね」と返事をすると立ち上がった。


「じゃあ、試験場で会いましょう」

「はい」


 余裕のある笑顔を残して去っていく紅莉の後ろ姿を眺めながらセンナは溜息をついた。


(あんな綺麗な人も出るんだ。私なんか場違いな気がしてきた)


 乳白色のお湯の表面をぼんやりと眺めながらセンナは考え込む。


(紅莉さん、なんかすごい色っぽい人だったなあ。あの人はどんな風に舞うのかな)


 紅莉に合いそうな舞をいくつも思案しているうちに、危うくのぼせてしまう位の時間を湯の中で過ごしたセンナだったが、そのおかげで足の疲れはすっかり無くなったのだった。



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