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絢爛


 翠廉の舞を見届けた黄院はしばらく考え込んでしまった。


(やはり、剣舞の審査は難しいな)


 伝統ある剣舞は静の美を追及するものである。剣を持ち静止した時の姿勢の美しさ、一つ一つの振りの『トメ』の完成度が問われるものだった。

 しかし、帝国から新しい剣舞が伝わり、先ほど翠廉が披露したような動の舞としての剣舞の価値が高まっているのも事実である。


(他の候補者たちはどちらを選ぶのか…)


 詩琳やセンナ辺りは前者を選びそうだが、残りの三人は全く予想がつかない。


「二人目は胡 春麗殿。選曲は『炎雷』です」


 紹介の言葉の後、舞台に現れた春麗の姿に審査員は再び目を丸くした。

 春麗の装いは翠廉とは真逆だった。煌めく金色の髪飾りが頭を覆い、春麗の顔程の太さのある大剣には赤水晶が散りばめられている。上衣は白地に目の覚めるようなえんじ色で炎が描かれ、裳は深い紅に金糸で雷の刺繍。


(これはまた、華美な…)


 舞姫候補は試験期間中は白月殿から出ることを許されないが、衣装や楽器類を外から運ばせることは自由にできる。恐らくこの舞台のために誂えたであろう衣装は胡家の財力を伺い知るには十分な豪華さだった。


(役人としては彼女が舞姫になれば楽ができると思ってしまうなあ)


 楽舞局の年間支出額はかなりのものである。舞は楼華国の象徴だからという理由で他局の役人が納得はしていないのは黄院が一番よく知っていた。春麗を舞姫にすれば胡家から莫大な援助金が貰えるだろうということは、正直黄院にとってはかなりの魅力だった。


 黄院が邪なことを考えていると、腹の底に響くような低い太鼓の音が鳴り響いた。それから一泊置いて清廉な鈴の音が鳴ると、春麗は剣を高く掲げた。


 『炎雷』は曲名が思わせる激しさに似合わず単調な振りの続く曲である。正に静の舞の代表格で一つ一つの振りの美しさを極める為の曲である。


(しかし、あれだけ重そうな剣でよくあそこまで完璧なトメができるものだ)


 天女のような見た目とは裏腹に実は相当鍛えているのか、春麗が静止する姿勢には一切の揺らぎがなく、舞っている本人もまるで紙切れを振っているかのよう涼し気な顔をしている。豪華な簪と剣も春麗の重さを感じさせない優雅な動きによって、派手で浮いた存在ではなく舞の一部としてすっかり馴染んでいた。


 登場した時こそ審査員を驚かせた派手な衣装だが、人たび舞が始まってしまえばそれらは全て胡 春麗という至高の芸術品を飾る単なる付属品に過ぎないと錯覚させてしまう程、春麗自身に美しさと華がある。


 スイと横に伸ばした剣を見るその目と表情に人々は釘付けになり、剣を振り彼女の髪が揺れればその髪から鈴の音が発せられていると錯覚する。僅かに微笑む口元の優美さに息を吞み、白魚のような手に見とれるだろう。


 自身の最大の武器である美しさを存分に発揮した舞に感心している内に曲は終盤に差し掛かる。

 紗爛と鈴の音が鳴り響いた時、春麗の口元が僅かに今までとは違う笑みを湛えた。

 立て続けに鳴る鈴と太鼓、本来ならばこの間はずっと同じ姿勢を保つはずだが、春麗は大胆に剣を回した。鈴の音に呼応するかのように大胆に振りかざされた剣が空を裂く。大振りにも関わらず決して下品ではなく、初めからこうだと決まっていたように剣の動きが鈴と太鼓の音にはまっている。


 楽器の音が鳴りやむと同時にピタリと静止した春麗は、やはり彫像のように美しかった。


***


 春麗の舞を見た白院はその余りの気持ちよさに笑い出してしまいそうになっていた。


(あんな爽快な『炎雷』は初めて見たわ)


 太鼓の音と振りの遅さが相まって重々しい舞が、最後を変えるだけで今にも奔流しそうな炎の渦と空を駆ける雷を思わせる舞になった。白院の個人的感想としては評価したいところだが、勝手に振りを変えたことを五色院としてどう採決すべきか。


(楽しいことをしてくれたものだけど、困ったことをしてくれたとも言えるわね)


 そう考えつつも白院の口元には笑みが浮かんでいる。


「三人目は耀 詩琳殿。選曲は『神宝』です」


 舞台に現れた詩琳を見た審査員は全員些かほっとした表情を浮かべた。

 あれだけ意表をついた衣装が続いた後だったので、詩琳の正統派と言える衣装に安心するのも無理はない。


(衣装も選曲も意外性はないわね…)


 本来それは減点対象にはなり得ないのだが、今までの流れの中で突然『模範解答』を出されてしまうと、面白味に欠けるという心情になるかもしれない。


 しかし、それは杞憂であったと舞が始まった瞬間に白院は思い知った。


 詩琳の舞はこちらの背筋が伸びるような気品に満ちていた。二次試験の時以上に一つ一つの振りの完成度が高く、剣の扱いも巧みになっている。


(審査員の意表をつく必要がないほどの自信ってやつかしらね)


 詩琳の舞には迷いがない。自身の信念と美学を貫く胆力を感じさせる。それは動きで見る者を圧倒した翠廉が表現したのとは全く別の強さである。


(そういえば)


 白院は舞が始まる前の詩琳の表情を思い出した。

 彼女は挑むような、決意を込めたような力強い眼差しで五色院の後ろを見つめていた。


(あれはやっぱり、殿下を見ていたのかしら)


 詩琳は王妃候補の一人。最有力候補との噂もあるので、選姫の儀に出ることを王太子に反対されたのかもしれない。


(そんなに舞姫になりたいのね…)


 白院の予想はやや外れているのだが、それを教えてくれる者はいない。



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