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南の剣姫


 本選の第一回目の選考は白月殿の大殿で行われる。審査員である王太子や王妃も当然白月殿にやって来るので、機嫌を損ねるようなことは出来ないと楽舞局の者達は神経を張りつめて直前まで入念に準備をしていた。

 大殿の最も大きな部屋には舞台が設置され、それに向き合うように七人分の審査員席と王族用の高さのある豪奢な席が用意されている。


「王太子殿下、王妃殿下がおいでになられました」


 上ずった舞部主任の言葉に審査員席に座っていた者たちは立ち上がり、深々と頭を下げた。

 部屋の扉が開かれると、背の高い細身の青年と落ち着いた深緑の衣を纏った美しい女性が現れた。二人は楽舞局の案内人に連れられ、用意された席に腰掛ける。


「面を上げてくれ。五色院、長きに渡る選姫の儀の取り仕切り、ご苦労であった。無事に今日という日が迎えられたのは貴殿達のお陰だ」


 甲覇の言葉に五色院を代表して緑院が答える。


「勿体ないお言葉です。今回の舞姫候補者も粒揃い。初めて選姫の儀をご覧になられる殿下にもお楽しみいただけることでしょう」

「そうか。そなたがそう言うのであれば期待しよう」


 緑院は儀礼的に微笑むと言葉を続けた。


「では、早速始めさせていただきます。神官長殿、祝詞を」


 神官長が祝詞を唱え、舞台を清める例年通りの光景が始まってようやく、五色院は息をついた。

 二回に渡り舞姫を襲撃した犯人の正体は未だ掴めず、常に不安と緊張感に苛まれながらこの第一回選考の準備をしてきたのだ。ひとまず、無事に始まったことに楽舞局の全員が安堵しているだろう。


(さて、彼女たちはどう出るか)


 清めの儀式が終わり、緑院はゆったりと審査員席に腰掛けると舞台を見つめた。


 審査員である五色院は先入観を持たずに舞を見るため、事前情報は一切得ないようにしている。

 そのため、舞姫の選曲も舞を披露する順番も知らないのである。


 部屋の隅に控えていた舞部の主任が緊張した面持ちで、立ち上がると審査員の前に進み出る。


「一人目は、鱗 翠廉殿。選曲は『青路』です」


 『青路』は帝国の剣舞の要素も取り入れた極めて新しく、難易度の高い曲だ。帝国の剣舞は舞踊というよりは武術の要素が強く、武術に長ける彼女がこの舞を選ぶことは予想がついていた。


 しかし、登場した彼女の姿には度肝を抜かれるものが多かった。


(これはまた簡素な)


 漆黒の上衣に同じ色の裳、奏衣も漆黒だが、下に向かうにつれ色が薄くなり、裾はほぼ純白と言える色になっている。高い位置で一つに束ねた髪には飾りの一つもついていない。


 斜め後方に座る王妃が眉を顰めているだろうことは振り返るまでもなく予想がつく。


 舞は神への捧げ物であり、楼華国の平和と繁栄の象徴。派手であればそれで良いものでもないが、ある程度の華やかさは求められる。


 審査員の驚きや批判の目つきを気にした様子もなく、翠廉は目を閉じると顔の前で剣を構えた。

 笛の音が最初の一音を奏でた。一音目が止んだ瞬間その場に一陣の風が吹く。それは勿論、翠廉の剣が空を裂いた余波だった。笛が細かい音色を刻み始めるとそれに合わせて剣が生き物のように翠廉の手の中で回転する。


(流石だな)


 武芸に長けると評判は聞いていたが、予想以上に剣を我が物にしている。相当鍛錬を積んだのだろう、普通の舞にはないような姿勢や動作も危なげなくこなしている。


(何より、この気迫が素晴らしい)


 『青路』はかつて南領で活躍した一騎当千を謳われた戦士の名である。彼の武勲と英雄伝を元にして生まれたのがこの舞だ。しかし、今までこの舞が評価されたことはあまりなかった。それは、そもそも完璧に舞える程の身体能力を持つ女性がいなかった為であり、それ以上に『青路』の名を聞いて人々が想像するような強さを表現できる者がいなかった為である。


 その点、翠廉は戦場に立つ者の覚悟を感じさせる気迫と、力強い動きで『青路』の表現したいものを見るものに感じさせる舞ができていた。

 審査員をあっけにとらせた黒い衣装の重々しさもまた、この舞の重厚感を高める一助となっている。


 曲の中盤、激しい戦闘を思わせる振りに入った翠廉の瞳には生き生きとした輝きが宿っている。

 敵と剣を交える動作はそこに存在しない筈の敵を錯覚するほど見事だ。笛の音が途切れた瞬間、相手に弾かれたかのように翠廉の剣が回転しながら宙を舞う。翠廉は敵の剣を避けるように体を後ろに逸らすとそのまま床に手をついて一回転。直後に手元に落ちてきた剣を見事に受け止め、敵を切り裂いた。


 あまりの技巧に思わず王妃が感嘆のため息を吐く音が聞こえた。衣装の悪印象は払拭されたに違いない。


激しい戦いを終えると、終盤は戦いで散った兵士へ鎮魂の祈りを捧げる場面に入る。曲調も穏やかになり、翠廉も先ほどまでの気迫を抑え静謐な空気が舞台を支配する。


(ふむ、ただ剣だけが得意という訳でもないらしい)


 翠廉の仕草は舞の基礎がしっかりと身についていることが十分に感じられる優美さがある。


 翠廉が厳かに剣を天に掲げると、笛の音がゆっくりと鳴り止んだ。


(これを超える剣舞を舞う者が現れるか否か…)


 五色院在籍期間最長の緑院にも、それは全く見当がつかなかった。


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