二次試験結果
二次試験は審査員20人が候補者一人につき五点満点で点数をつけ、その合計点が高いもの五人を合格とする。審査員には得点をつけた理由も記載する義務があるため、その審査結果を見ることができる五色院は候補者がどんな評価をされたのか知ることができた。
「一位は永瑛館の紅莉か」
結果を眺めながら黄院が呟いた。
「彼女の舞は文句のつけようがありませんでしたからね。それに華やかでありながら上品で貴族にも好まれるでしょう」
白院は貴族達の評価を簡潔に表した。
「楽舞局の審査員の評価も高いな。こちらは技巧を高く評価している」
蒼院も納得した表情でそう言った。
「二位は風凰架。彼女も楽舞局の審査員の評価は非常に高い。」
蒼院が手に持つ楽舞局の審査員からの評価には凰架を絶賛する言葉が並んでいた。
「貴族と豪族からの評価は分かれていますね。特に、貴族は低評価を付けている者もいます」
黄院の意外そうな口調に紅院が苦笑した。
「私は低評価を下した貴族の気持ちも分かりますよ。彼女の舞はなんというか、雄弁すぎる。鮮明に情景を想像させて、無理やりにでも見ている者の心を波立たせる力がある。繊細な都の貴族には野蛮に感じられたでしょうね」
白院は一次試験で凰架の舞を見た紅院が渋い顔をしていたのを思い出した。てっきり東のご自慢の令嬢の後にとんでもない天才が現れたせいだと思っていたのだが、きちんとした理由があったらしい。
「紅院がそんな繊細な感性の持ち主だったとは」
嫌味ではなく心底驚いた様子で蒼院が言うが、嫌味として言うよりもある意味失礼である。
「三位は胡春麗でしたね」
蒼院の言葉に苦笑しつつ、話をそらすように紅院は嬉しそうに言った。
「彼女は貴族や豪族からも、楽舞局からも良い評価を得ています。一部豪族の評価が極端に低いですが、これはいつもの足の引っ張り合いですね」
黄院の言葉に蒼院と白院は苦い顔をする。
四領は仲が悪いので審査員としての公平性より領地同士でのいがみ合いを優先させる豪族が毎年数人はいるのである。胡家は東を代表する豪族なので、北の弱小豪族である風家より如実にその煽りを受けていた。
春麗は敵対する豪族以外からは高い評価を得ていたが、紅莉や凰架のように満点が乱立しているわけではなかったことが三位となった理由である。
「四位は鱗翠廉」
翠廉は『黎明』を選んだ数少ない候補者である。
「彼女は一次試験とは段違いの腕前を見せましたね」
「あれは舞というか剣の腕前でしょうけど」
一次試験の合格者の中では五色院達が然程注目していなかった、鱗家の翠廉は剣を持たせれば空気が一新した。
武術を嗜んでいるからなのか、本人の剣への愛の表れか、黎明を選んだ誰よりも生き生きと苛烈な舞だった。
「豪族は武術に一家言ある者が多いし、貴族は何かと『一流』を好みますからね。満点も見られます」
「耀詩琳とは真逆の舞だったな」
緑院の言葉に他の五色院は固まった。
そう、その耀詩琳が問題なのである。
「さて、決めなければなりませんね。残りの一人を」
紅院は珍しく重い口調でそう告げた。
選姫の儀の本選に残るのは五人。しかし、二次試験の審査で同点五位が二人出たのだ。
「耀詩琳と窯の村のセンナか」
蒼院は手元の評価を見て考え込む。
耀詩琳は楽舞局から高い評価を得ていたが、貴族と豪族の評価は低めだった。彼女の舞は貴族が好みそうな地に足の着いた、伝統と格式を感じさせるものだったにも関わらず、低評価をつけた貴族がいたのは彼女が舞姫候補であると同時に王妃候補でもあるからだろう。
直轄領の貴族は歴代の王妃が四家の者ばかりであることを不満に思っている。今の王妃は中央の貴族の出だが、前王妃の死後に繰り上げ式で側妃から王妃になったので例外と言えるだろう。
要するに、『王妃にも舞姫にもなろうなどという考えは欲深くみっともない』というもっともらしい皮を被った僻みで、故意に得点を下げたのである。
一方のセンナは貴族や豪族からの評価が非常に高かった。一次試験から更に磨きのかかった清廉な空気の舞を特に貴族たちは気に入ったらしい。逆に、楽舞局は舞の技術もよく見ているため、技巧に関しては他の参加者にやや遅れをとるセンナの評価はそこそこに落ち着いていた。
「五位が二人というのは初めてですが、規則ではこのような場合は我々五色院でどちらかに決めることになってますね」
「どうせ話し合っても決まらない。多数決で決めよう」
蒼院の提案に反対する者はいなかった。
「では、耀詩琳が相応しいと思う者は挙手を」
手を上げたのは二人だった。
***
二次試験の試験結果は各候補者の元に直接手紙か使者が送られるらしい。合格者には使者が、不合格者には手紙が届くのだ。
センナは宿の前を落ち着きなく歩き回っていた。
「女将さん、手紙ですよ」
裏口の方から声がしたので、センナは慌てて宿の裏口に走った。
「お、女将さん!手紙って…」
女将は苦笑した。
「これは旦那の親戚からだよ」
「そ、そうですか…」
センナはほっとした表情を浮かべるとまた表をうろうろし始める。
「あの、すみません。お尋ねしたいのですが、ここに美郷という宿はありませんか?」
藍色の文官服を身にまとった男性がセンナに声をかけた。
「美郷という宿はここですが…」
センナは自分がうろうろしていた門に掛かっている、小さな看板を指さした。
「ああ、ここか。目の前にあったのに気づきませんでした。…もしかして貴女はセンナ殿ですか?」
「は、はい。そうです」
センナの心臓は張り裂けそうなほど高鳴っている。
「おめでとうございます。選姫の儀、二次試験合格です」
センナははちきれんばかりの笑顔を浮かべた。
***
耀詩琳は朝廷から届いた手紙を青い顔をして握りしめていた。
中身はまだ見ていない。しかし、詩琳宛に朝廷から来る手紙など限られている。
「詩琳様、お茶でも飲んで一息ついてからお読みになってはいかがですか?」
詩琳のあまりの顔色の悪さに侍女が控え目に声をかける。
「いえ、大丈夫よ。今読むわ」
詩琳は震える手で手紙を開く。
(しっかりしなさい。二次試験で他の候補者の舞を見て分かっていたでしょう。私は井の中の蛙だった。世の中には計り知れない天才がいる)
脳裏を胡春麗の、鱗翠廉の、名前も知らない踊り子たちの舞が過る。特に、衝撃的だったのは藍色の衣装を着て『紅葉』を舞った平民の少女。詩琳は舞台に立つ少女が一次試験で部屋に迷い込んできた子だと気づいていた。一次試験を通っていたことに少し嬉しくなったのも束の間、詩琳は少女の舞の余りの神々しさに鳥肌が立った。理由は分からない。技巧だけ見れば他にもっと上手い者がいたし、表現力もまだ十分とは言えなかった。
しかし、そんなことは些末だと感じられるほど彼女の舞には特別な力がある気がした。
まるで奇跡さえ起こせそうな、そんな予感がした。
(これは…)
手紙を読む詩琳が微動だにしないので、侍女の鈴蘭は声をかけるべきか迷う。
「莉蘭、お茶を持ってきてくれるかしら。…王妃候補の茶会の案内だったわ」
脱力した様子の詩琳に鈴蘭も思わず肩の力が抜ける。
「承知いたしました」
鈴蘭が詩琳の部屋を出て、廊下を歩いていると新人の侍女が慌てて走ってきた。
「何をしているの!はしたない!」
「お、お、お…」
侍女は目を丸くして大慌てしており、何を言おうとしているのか分からない。
「いいから落ち着いて「お使者の方が来ました!楽舞局の文官服の方です」
鈴蘭は回れ右をすると、ぎりぎり駆け足ではない早歩きで詩琳の元へ向かったのだった。
***
耀詩琳を推したのは、黄院と白院の二人だった。
「決まりましたな」
手を挙げなかった紅院がいささか気まずそうにそう言った。
「せっかくだから二人が耀詩琳を選んだ理由を聞きたい」
蒼院の言葉に先に口を開いたのは黄院だった。
「私は現時点での完成度で選びました。耀詩琳の方が緻密に舞を作り上げていたように感じましたし、彼女の舞には上に立つものの風格がある。舞姫に近いのは彼女かと」
黄院の言葉に白院も頷いた。
「私もほぼ同じ理由です。窯の村のセンナには伸びしろを感じましたが、今すぐに舞姫に選んでも過不足ないかどうかを優先させました。あと、これは個人的な見解ですが、耀詩琳の舞には信念のような、一本芯が通ったものが見えました。私は、そういう舞をする者に本選に進んでほしい」
白院の言葉に、彼女が舞姫だった頃に互いの信念のせいで何度もぶつかってきた蒼院が苦笑した。
「では、お三方にも理由をお聞きしましょうか」
黄院の言葉に、まず紅院が答えた。
「私はお二人と真逆ですね。彼女の可能性を評価して選びました。本選には一月もの期間がありますから、その間に他の本選出場者の舞に触れればどれほど進化するか…それこそ、彼女が舞姫になるかもしれません」
いかにも紅院らしい言葉だ。
蒼院は一度緑院を見遣ったが、口を開く様子がないので先に話すことにした。
「皆は窯の村のセンナの舞を可能性はあってもまだ未熟と判断しているようだが、私は現時点での彼女の舞を評価している。一次試験でも感じたが、彼女は音の捉え方が上手い。動きの緩急をきっちり曲に合わせている。基本的なことだがこれは舞手にとって重要な資質だろう。彼女はこの技術は群を抜いていると私は感じた」
蒼院のこの意見には白院も頷かざるおえないところがある。センナの舞の曲に乗せる技術だけは紅莉や風凰架にも引けを取らない。
(そして、一番気になるのが…)
おそらく白院以外の三人も緑院の評価が一番気になっているだろう。この五色院の古株がどんな理由で窯の村のセンナを選んだのか。
「緑院、是非貴方の意見もお聞きしたいのですが。どうして窯の村のセンナをお選びになられたのか」
紅院がそう言うと緑院はいままで重く閉じられていた口の端を少し釣り上げた。
「私がいつ窯の村のセンナを選んだと?」
四人は顔を見合わせる。
「ですが、耀詩琳に手を挙げられなかったではないですか」
緑院は極めて冷静に答えた。
「なぜ、どちらかを選ぶ必要がある。私は耀詩琳も窯の村のセンナも甲乙つけがたいと思っている」
「ですが、規定では五位が二人いた場合は五色院で合格者を決めるようにと…」
真面目な黄院は困ったようにそう言った。
「君たち四人の間で圧倒的にどちらかが上であれば私もそれにしたがったが、同票だったではないか。私はどちらかに決めることはできない。こうなれば二人とも本選に通すしかなかろう」
緑院の分かるような分からないような屁理屈に五色院は困ったようにそれぞれの顔を見る。
「それに、その規則を作った方なら、きっと私と同じことを言うさ」
いつもは水の底のような深い色を宿している緑院の瞳が一瞬少年のような明るさを宿した。
「まあ、緑院がそう言うのなら…」
「正直私も甲乙つけがたいと思っていましたし」
「私も異論はないが」
白院、紅院、蒼院が揃って黄院を見る。
その光景は、皆で悪さをしたのに謝る役を長男に押し付ける弟妹たちのようであった。
ちなみに、黄院は五色院の中では白院に次ぐ若さなのだが。
「…わかりました。私が神殿と陛下に打診してみます」
順調に出世街道を進んできたかのように見える黄院だが、実際の所、こうして面倒ごとを引き受け続けた結果なのである。
こうして、黄院の尽力のおかげもあり、詩琳とセンナは二次試験合格を果たした。




