一次試験(3)
選姫の儀は楽舞局が主体となって運営する。
普段は舞を披露することを仕事とする舞踊女官達も候補者の案内をしたり、審査員に回ったりと忙しなく働いている。
今年楽舞局に入って二年になる果梨は踊り子以外の平民たちが集められる六の間の案内係を任された。果梨は一応西領の豪族の娘なのだが権力のある家ではないので、万が一豪族の娘が集まる部屋を任されたらどうしようかと内心冷や汗をかいていた。担当が割り振られた時は思わず「良かった」と呟いて、舞寮の主任にたしなめるような目で見られてしまった。
(でも、どうせなら踊り子の部屋の担当が良かったな)
案内人の役目は舞を披露する部屋の前まで候補者を連れていき、舞が終わったら出口まで案内しつつ、審査結果の確認方法を説明するというものである。
舞を披露するのは『花の間』という舞踊女官たちが本番に最も近い状態で練習するための部屋で、中には全候補者の審査をする審査員と奏者だけがいる。一次試験の審査は五色院と、楽舞局の主任以下の者の中で各寮から選ばれた十数名の実力者達が担っており、候補者は約二十人ほどの前で舞を披露することになる。
案内人は部屋には入れないのだが、紫麗殿を知り尽くした女官達は皆、隣の衣装部屋から花の間を覗き見ることができると知っている。そのため自分が案内した候補者の舞をこっそり衣裳部屋から見るのが恒例となっていた。
果梨は今年初めて案内人を務めるので、舞姫を志す者はどれほど優れた舞をするのかと楽しみにしていたのだが、今のところはがっかりさせられ続けている。
踊り子以外の平民で選姫の儀に参加しているのは多くが裕福な商家や大きな村の長の娘でらしく、衣装はなかなか上等なのだが舞は正直微妙である。一応型通りに舞ってはいるが、おそらく振付や楽曲に込められた意味をまるで理解していないようで、何も伝わってこない。
しかし、裕福そうな者はまだいい方で、もっとひどいのは一目で金銭に余裕がないと分かる者だ。小さな村にもたまに推薦権を持つ村長がいることがあり、果梨が案内する部屋にも六人程、みすぼらしい衣装でその場から浮いてしまっている娘がいた。彼女達の舞は正直見れたものではない。演奏と舞がまったく合っていなかったり、振りを間違えたり、可哀そうに慣れない衣装のせいか思い切り転倒した者もいた。この舞を五色院に見せるのかと、自身は全く関係ないのに果梨は胃が痛くなってしまった。
(もう、覗き見るの辞めようかしら)
実力者の舞を見るのは勉強になるからと黙認されているだけで、覗きなんて褒められた行為ではないのである。
「では、五十一から五十五番の方」
果梨の呼びかけに応じたのは一人だけだった。
くたびれた全体的に淡い色の衣装を身に纏った華奢な少女。間違いなく裕福ではない村出身だろう。
「ご案内します。付いてきてください」
果梨の言葉に少女は緊張気味に頷いた。
「前の候補者が終わるまではこの部屋で待機します」
花の間近くの待機部屋には椅子が五脚だけ用意されている。勿論候補者が座る用だ。
果梨が椅子に座るよう促すと少女は申し訳なさそうにおずおずと椅子に腰かけた。
(この子大丈夫かな…)
女官である果梨が少女より身分が高いことを知って恐縮しているのだろうから弁えのあるいい子だと感じられるが、試験を受けに来ている時くらい自分のことだけを考えるある種の傲慢さがないとなかなか舞台で実力は発揮できないだろう。
果梨がそんな心配をしていると、一つ前の候補者の案内人である舞寮の先輩が部屋に入ってくる。同じ部屋の候補者を二人以上案内する時は先に終わった者はこの部屋で待たせるので、待たせてある候補者を連れていくついでに彼女は果梨に目配せしてくれた。
「では、行きましょうか」
果梨の言葉に少女は氷で作った人形のような固い動きで頷いたのだった。
長くはない花の間までの廊下の道のりを少女はぎこちない動きで歩く。さすがに見ていられなくなった果梨は少女に声をかけた。
「肩の力を抜いて下さい。貴女はいつも通り舞えばいいんです。舞は楽しいものでしょう?」
少女は果梨の方を見て丸い目をさらに丸くした。
「そ、そうですよね。何だか緊張してしまって…。ありがとうございます」
扉の前で少女がゆっくり深呼吸をしたのを見届けた果梨は扉の向こう側へ声をかける。
「五十四番です」
『問題なし』の意で小さく一度だけ鳴らされる鈴の音を聞き取った果梨は後ろに下がった。扉が開き、少女が中に入ると音もなく扉は閉められた。
果梨はお行儀よく扉の前に立って少女の帰りを待つと決めていたはずだった。
(この曲は月湖か。もっと明るい曲を選びそうに見えたのに意外。それに中盤に難しい振りがあるし…)
結局気になってしまい、果梨は衣装部屋に忍び込むと覗き穴に目を当てた。
センナの姿を捉えると果梨は妙に緊張しながらその舞を観察する。
(え、普通に上手い)
振りが正しいのは勿論、動きに緩急もついているし、演奏にもしっかり合わせて動けている。
月湖は振りも旋律も落ち着いていて、一つ間違えれば単調に感じられてしまうのだが、彼女の年頃を考えれば異常なくらいの落ち着きと哀愁が感じられて、舞に惹き込まれる。
(それに、何だろうこの感じ)
一流の者の舞はそれぞれの個性というか独自の美学のようなものを感じられるのだが、少女の舞も彼女にしかできないものだと感じさせる何かがあった。
(清らかっていうか、でも儚い感じじゃなくて存在感があって…)
感じたことを上手く言語化できず、果梨は心の中で唸る。
ただ一つ、果梨が確実に言えることは彼女の実力なら踊り子にも張り合えるだろうということだけだ。
曲が終わりに差し掛かったことに気づいた果梨は慌てて衣装部屋を出て、花の間の前まで戻る。
扉が開き、出てきた少女の顔は達成感に満ちていた。それはそうだろう。あれだけの舞を本番でしっかり披露できたのだから。
「一次試験の結果発表は三日後です。この紫麗殿の前に合格者の番号を書いた紙を貼り出すので、自分の番号を忘れないようにして下さいね」
果梨の言葉に少女は頷いた。
「満足いく舞ができましたか?」
何となく間が空いてしまったので、果林は試しに聞いてみることにした。
「はい。私、一人で舞台に立つのも、自分のために演奏して貰うのも初めてだったんです。すごく、すごく幸せでした…」
果梨は驚きの声が出そうになるのを慌てて止める。身なりを見てそれくらいは予想できていたはずなのに、舞を見た後では何故かセンナは舞台に立っていて当然の人間に思えたのだ。
「なら、良かったです。始まる前は緊張しているように見えたので」
果梨は自分の感情を出さないように努めながら何とか言葉を紡いだ。
「ありがとうございます。始まる前にあなたに声をかけて貰ったおかげです」
少女の笑顔は無邪気で年相応に見える。舞の時とは別人だ。
少女を見送り、案内係の仕事を続けている間も果梨の頭から彼女の舞が離れることはなかった。




